笑われる側と、笑う側

一緒にいても楽しくない友達と行動するのをやめて一人で行動するようになったのは、
大学生の頃。

それ以来、一人で行動していると時々遭遇するのが
笑われるということ。

おそらく、わたしと同じように一人で行動することのある方は
あなたが男性であろうと女性であろうと
経験したことがあるのではないでしょうか…

知らない人と自分がその場にたまたま居合わせたとして
後ろからだったり、自分がその場を去った後に
ゲラゲラ笑い声が聞こえるということが。

後ろめたさを感じる理由

わたしは聴覚過敏なこともあり
最初は、なんで笑うんだろうー、
私なんか変な恰好かおかしな態度していたかな…
こんなこと気にするなんて自意識過剰かなー
って思ってとても気にしていたのですよ。

ですが、再現性をもってこんな経験をしていると
そう思わせること、自分なんかおかしいかな…という劣等感に晒すことこそが、その人たちの目的なんだなって気が付くようになりました。

冷静に考えると、わたしもその状況自体も、
なにもおかしくありませんからね。

当人たちはもちろん無意識。

だけど、本能的にというか
一人で行動することのできない自分たちが恥ずかしくなって
後ろめたさから、自分たちを正当化アピールすべくマウントをかまそうとしてくるんじゃないかなと。

生活音が大きい人の特徴

実はわたしもタイピングはガチャガチャとうるさいのですが笑、
足音やドアの開け閉めの音が大きい人とか、
わざと人に聞こえるようにため息をつくおじさんとか
車やバイクのエンジン音がでかいヤンキーとか
無駄におしゃべり声のでかい女子集団やおばさんとか

そんな生活音をわざと大きな音を立ててする人って
「自分を見て欲しい」「自分を大きく見せたい」という
自己顕示欲
が大きい人が多いですよね。

人から学業や業績を認められている人
容姿端麗でちやほやされている人
人格者だと尊敬されている人で、でかい音を立てている人を見たことがありません。

自分を見て欲しい、の裏の本音とは

冷静に考えると
音の大きさでビビらせよう、存在を誇示しようなんて
浅はかだなぁと思うのですが

こういう人って、劣等感を抱えていたり
自分が認められていない、見てもらえていないことを
意識の底では感じているのでしょう。

わたしはちょっと関わりたいとは思わない人種ですし
自分のコンプレックスは自分で向き合って処理するしかないと思いますが

もしこういった人と穏便に関わりたいのであれば
積極的に頼ったりしてその人の「役割」や「居場所」を作って
ほめてあげると経験的に効果的でした。

ただ、こういう人ってその場しのぎでほめても
やっぱり根っこの部分が癒えていないことが多いので
あまり深入りすると今度はあなたのことを舐めて甘えてきます。

あなたのことをバカにしたり、欠点を見つけてこき下ろすようになってきたり
あるいは、他人の悪口に付き合わされることになりますので、ご注意を。

以上はわたし個人の経験談ですが
他人のコンプレックスに振り回されてこんな思いを続けてするくらいであれば
その場で一瞬ゲラゲラ笑われるくらい、どうってことない気がしてくるのです。

無理な要求をする顧客がついに現れた話と断り方。

独立してから私がこだわり続けてきたこと。



それは、

いやな人と関わらない

このことに尽きる。

補足しておくと
わたしは人一倍お人好しで、
自分のことを差し置いて無意識に人に尽くしすぎてしまう性格。


HSP(繊細な人、敏感な人)とも呼ばれる
人の求めているものが感じ取れすぎてしまう性質です。

普通の人が気にしないことまで気に病んでしまって
めちゃくちゃ気疲れします。

五感が敏感で
ちょっとした雑音やにおいが
ものすごく不快だったりもします。



尽くしすぎてしまうからこそ、付き合う人を厳しく選ぶ


今までお勤めしていた時も当然、無駄に気を利かせすぎて
便利屋さん化してしまったことは、一度や二度ではない。


なにより、人に尽くして自分がちっとも幸せになっていないのだから
そんなのもう、やめたい。


その一心で、独立しました。

ただ、人の思いを汲み取って尽くすのは得意というか
自然にできてしまうことなので

自分を搾取する人は
友達であれお客様であれ、縁を切る。

(意図して奪おうとする人もたくさんいたけど
悪気のない人も少なくないので、けっこうこれが心苦しいものです)



そのかわり、
付き合う人を徹底的に選び、その人たちを徹底的に大切にする
という生き方に徹したのです。



起こってからではなく、予防策をしっかりと。

具体的にどうやっていったかというと

まず、「お人好し」に見えないように
自分をブランディングしました。

リアルでは、背が低くて童顔なせいか
「おとなしそう」「言うこと聞いてくれそう」「良い人そう」に見られがちなのだけど

幸い、新規顧客をネットでのみ集客したこともあり
そのイメージは持たれなかったと思います。



それから、
関わりたくない人を想像して、
彼らが関わってくることができないような「防波堤」を作りました。

具体的には

  • 無茶な要望を言う人
  • 馴れ馴れしい人、意味のない雑談、誹謗中傷
  • 無料で気軽に質問や相談してくる人
  • つまり、私の有限な時間とメンタルを(悪気なく)奪おうとする人

こういう人には一切時間も気持ちも割きたくなかったので
ブログはすべてコメント欄を閉じ、
お問い合わせフォームも気軽に送れるものにはしませんでした。

気軽には来てほしくなかったので「お気軽に」とはどこにも書いていないし、
価格も大した実績がないながら市場価格相応と、かなり強気に設定した。



それがどれだけコンバージョン率を下げ、損失を被っていることかも
理解しているつもりではある。

ただ、この防波堤のおかげで、
来て下さる方は本気の方、しかも、礼節ある優しい方ばかりで
とても幸せに経営をしていました♡



人に出会えば、いやな人は一定数必ずいる。

しかし。時は来てしまった。

無理を言ってくるお客様に出くわしてしまったのです。
しかも、続けて。

というのも

  • 断れずズルズル請けてしまった仕事が、支払いの気配もないまま、段々しつこくなっていく…
  • 規約もプロフィールはおろか、メニューや価格も見ておらず、問い合わせフォームからの依頼ではなく、自分の媒体に「これ見たら連絡下さい」と書きこんでメンションするという傲慢さ。

これはもう確率論なのかなー。
自分のやり方がどこかまずかったのかなー。


だけど、前者は自分の実績になる大型案件だったし
後者は収益にもつながるので、迷いました。

で、ためしにやり取りしてみた末感じたことは

そういう人はいずれ必ず来る。
そして、当り障りなく応対しても
(本人に自覚がないから)何度も無理難題を言ってくる。

さっさと断って、いやな気持ちを引きずらない!!


これに尽きるということ。


人は変わらない。モンスター客は、改善を期待せず切り捨てる

結論から言いうと
実績や収益という欲にちょっと期待した
わたしが悪かったなぁということに尽きるのだけど…


前者のしつこいタダ請け案件(料金いただいてないのでお客様ではない)は、
タイミングを見計らって案件辞退を申し出ました。一応穏便にね。

速攻迷惑メールリストに葬ったのだけど
後から見てみたら
数日後に何事もなかったかのようにどうでもいいメールが来ていました。



もう一方の人は
例外的に一人くらいなら仕方ないかな…、と思って連絡を取ってみたら
こんどは「直接会えませんか」ときた。

どうやら何も見ずわたしが首都圏在住だと思い込んでいるらしい。

返信したら、メールを見逃しているらしく(多分迷惑メールフォルダに入っていた)
「メール届いてないですか?電話ください」という、催促が来た。

どうやら、自己中な人ってみんな電話したがるらしい。




あのね。

自分の時間と体が最大の資源のフリーランスにとって
一人のために時間を作る、ということの価値が、どれだけ大きいか。

そのことを全く理解していないから
平気で人の都合も考えず、時間を奪えるんだなぁって思いました。

そして、わからないから、繰り返す。



わたしは基本的に契約前の見込み顧客には、
30分、無料で打ち合わせの機会を設けます。

ただそれは、ボランティアでもサービスでもなくて
こちらにも、自分のお仕事を紹介させていただけるというメリットがあるし
成約を見込んでそこからお仕事は前倒しで始まっているのです。

つまり、目的があって割いている時間。

ビジネス回している方なら、わかりますよね。


人を変えるか、自分の行動を変えるか

先に書いたように
わたしは、人ってそう簡単には変わらないと思っている。

たとえ言葉で注意したところで
自覚がない人は、何度も同じようなことを繰り返します。

だから、一度不快をのんで付き合いを継続したところで
また時と形を変えて同じような思いを繰り返すだけなのです。



それって、時間の無駄ですよね。

むしろ、だらだらとわがままに付き合った分だけ
「この人は何でも聞いてくれる」と依存され

見放す頃には「今まで優しかったのに、ひどい!」と
こちらが悪者扱いすらされてしまいます。

というか、過去の自分がそんな悔しい思いをたくさんしてきた。


だから早めに気付いて、一刻も早く切るべきなのです。


我慢の裏にある機会損失

とはいえ、目の前の仕事はなんでも欲しい!
と思う起業初期の方もいますよね。

自分もそうでしたし、
だから中途半端に対応してしまった…。


だけど、個人で働く人の時間は有限で、とても希少なもの。


一人のいやな人に費やす時間のために時間を奪われ
さらに、気分を害されては

お金と引き換えとはいえ、
嫌な人のために自分を犠牲にした、ということでもあって
それってすごく悔しい。

なにより
気分の悪い状態で過ごすその期間って、
自分もネガティブオーラを発してしまっているだろうし
絶対に公私共に悪影響を及ぼします。

わたしの例のように、不思議と連鎖的に嫌な人が寄ってきたり。
いやだあぁぁ…

そう思うと
ものすごい機会損失ですよね。

大切なチャンスを捨ててまで
あなたに不快感を与える人と付き合う必要があるのか。

「Yes」という前に、慎重に考えてみる価値は、
大ありだと思っています。


フリーランス1年目の収入のリアルと、お金と引き換えに得たかったもの。

書きたいことはたくさんあるけど
体力と時間が追い付かずにいました。

書きたいことって、書きたい!と思いついた瞬間が、旬ですね。
「あとで書こう」と思っても、どうしても記憶も熱意も薄れてしまう。


先日、確定申告を終えて
昨年の莫大な為替損失と事業赤字に涙目になりました。苦笑

さらに、ひっそり隠し玉として運用していた資金が、
トルコショックでロスカットされてしまったのよ…(´;ω;`)
鎧をはぎ取られた気持ち。

それでも表情一つ変えない税理士さんは、さすが色んな人を見てきたプロだ。
むしろ、「こんなに(為替損失)あるなら、今年使わないと勿体ないよ」と言われた。笑




安定を捨てた代償のリアル

年収450万円の、安定しているといわれる専門職を辞めて3年。

この3年間、年収(給与所得)は連続して130万円でした。
(画像上部「カ」)

2019年確定申告書

貧困ギリギリライン。

お勤めしていた当時、
マンションの(結局買ってないよ)頭金にしようとしていた貯蓄も、もうありません。

今気づいたけど、タイトルの「年収3分の1」以下じゃん。笑
改めてひどいなw



0円起業、初月月商〇十万…
耳障りの良い誘惑を鵜呑みにしていませんか?

今気づいたけど
事業の経費(↑画像中央①)が、
せっせと働いて得たアルバイト収入とちょうど同じくらいかかっています。


わたしは仕入れや実店舗を必要としない
比較的ローコストで始められるデザイン業をしていますが

それでも、質のいいお仕事
自分にも相手にも、不快不便なくサービスのやりとりをしたいと思ったら
さすがに0円起業とはいきませぬ。



毎月、振り込まれたお給料を一度も手に握ることなく
引き落とされて行く切なさったら。

「やばい。そろそろほんとに死ぬな」
「身の皮剥いでお金にでもなるなら、そうしたいくらい」
「生活のレベル落とさないと」と
卑屈になったことも、一度や二度ではありません。


日々検索するワードも
ローンや貧困、生活保護のことなど、ネガティブなものばかりになっていきます。

普通に働いて、家庭を持って
休日をのんびり楽しんでいる過去の友人には
みじめになるから絶対に会いたくなかった。

時々、SNSの申請が来ては削除しての繰り返し。



あなたが期待しているであろう
飲みに行くお金も、雑談に費やす時間も、どこにもないよ!!と
怒りすら湧いた。


「起業して初月でサラリーマンのお給料越え♪」
「月収●桁!!」
などという甘いキャッチコピーもよく目にしますが…

大多数の方の脱サラ起業のリアルは
こんなもんじゃないかと思うのです。



ということで
何の下準備も情報収集もなく、マインドだけで
安易に「起業したい!」という過去の私のような方がいたら

わたしは自分の経験も踏まえて
(口には出さないけど)
やめておいたほうがいいよーと思ってしまいます(*´з`)

以前の記事(→起業「したい」人は、起業「しない」。)にも書きましたが
そもそも、本当に覚悟と準備をもって起業に臨んでいる成功者予備軍の人であれば
人に「起業したい!」と自己アピールしている暇はないでしょうしね。



数字を突き付けられ、削がれる自尊心

脱サラした人がよく言う
「貯金がみるみるうちに減っていく恐怖」は
想定内だったのでそこまでうろたえることはなかったのですが

稼ぐことがひとつのアイデンティティになっている自分にとって

生きるためのコスト > 自分が生み出した収入 という事実は
まるで自分が世間のお荷物だということを突き付けられたようで
とてつもない無価値観、自己嫌悪に襲われました。

虚しさ

ところで、脱サラしてフリーターになって以来、
無職の期間もちょこちょこあるにしても
働いている時間自体は、正社員時代とさほど変わっていません。

むしろ、お金が必要になる度にWワークしたり、深夜勤務をして
体力的にはこちら(アルバイト)のほうが相当しんどい。

ボーナスの有無は結構大きいと知った。



地域によって物価や最低賃金に差はあれど

他人の話を総合しても、自分の体感的にも
アルバイトが時間と体力が許す限り働いて得られる給与所得って
年収150万円が限界だと感じました。

それ以上を目指すと
遅かれ早かれ、どこかで必ず体か心を壊します。



人と差をつけるために不可欠なコストとは

それでもなお、わたしが身を削ってこのフリーター生活を続けることには
理由があります。


ひとつは

企業に雇ってもらって働く、ということは
そもそも自分の将来に求める本質じゃないから。

会社のビル

会社員生活の長い、ある程度会社で結果を出せている優等生さんこそ
誤解してしまいがちなんだけど

会社での実務経験が糧になることを差し引いても
企業で働くことと、自分が自営業として成功することは
同じレール上には存在しない
わけで

会社で気に入られることと、
自分個人のお客様に好きになってもらうこと
わたしの目指す「自分ブランドの構築」は、全く別物です。




ブランドのある会社に所属していることが
ステータスとなったサラリーマンカーストとは一線を画して

人と違う魅力を持っていて初めて勝負できる
「個人の時代」が到来した今、

人と同じ行動パターンをしていては、
いつまでも差がつきません。

脱サラして起業するために
その他大勢から頭一つ抜けるために絶対に必要なものを聞かれたら

体力

だと、今なら迷わず答えます。


資金不足を補填するために働くにしても
限られた時間を削って勉強や情報収集、事業計画を練るにしても
結局、体力が必要ですからね。



わたしは体力があまりなくて
特に、睡眠時間を削るライフスタイルはしたくなかったし

事実、昼間働いて帰ってきたら
頭も体も疲れてパフォーマンスも最悪だったため

フルタイムで働きながら
片手間で起業をするのは無理だと諦め
時間の確保、体力の温存を最優先にしました。


自分はメンタルを病んで体力もろともダウンしていた時期もあり
体力や集中力の限界を幾度となく感じ、悔しい思いをしました。




世間には、お仕事から帰ってきてから頭を切り替えて
夜中に寝る間を惜しんで自分のビジネスや勉強をしているスーパーマンは
少なからずいるけど、自分は無理でした。

特に、女性の場合は
睡眠不足はホルモンバランスを大きく狂わせるので
寝る間を惜しむのは超絶おすすめしません。

わたしは女性としての自分を大切にしたかったので
睡眠時間の確保は絶対に譲れませんでした。

ボランティア

ですから、融通のきく働き方と引き換えに
収入を犠牲にしたわけです。



リスク覚悟で自分の時間を死守して、得たものとは

なんだか言い訳くさい文章になってきてしまったので

わたしがフリーター生活をして以来
「解放されたもの」「捨てたもの」をシェアしますね。

  • 何をするわけじゃないけどそこにいなければいけない拘束時間
  • 家の中で翌日の仕事のことを考える時間とストレス
  • 職場の人と当り障りのない雑談をしなければいけない昼休み
  • 自分が参加している必要性があまりない会議
  • 「スキルアップのため」に行かざるを得ない、新しい学びのない休日の勉強会とその会費
  • 別に好きじゃないけど関わらなきゃいけない人との関係、そこで晒されるストレスや話を合わせる気疲れ
  • 上司やお客様を立てるために、自分を曲げたり個性を殺したりすること
  • 出世や収入UPに結びつかない勉強や努力
  • 愛想笑い
  • (会社の飲み会や親睦会、出産祝いなどで使っていた)交際費

改めて書いてみると多さにビックリしたけど(笑)

そう、フルタイムで働いていると
無駄な時間がやたら多いな、と思っていたのです。

これらを捨てて得たものは

  • 1日2時間の時間(早めに出社していた時間+昼休み)
  • ストレスや自分の個性を隠す必要がなくなり、アイデアが湧くようになった
  • 本当の意味で何者にも思考を制限されない、自分だけの自由な時間ができた
  • 「こうあるべき」「みんな一緒で安心」という価値観に触れる機会がなくなり、人と違うことをすることにいちいち罪悪感や後ろめたさを感じず済むようになった


ざっくりいうと
自分に集中することができるようになった、という感じかもしれません。



一人になって、むしろ孤独じゃなくなった

よく、起業家は孤独とか、友達を失うとか言うし、

わたしも好き嫌いは置いておいて
過去の友人と連絡を取ることを一切やめました



だけど、それで孤独になったかというと
価値観の違う人と分かり合えない孤独感や疎外感がなくなって

むしろ、人の輪の中にいるよりも、孤独感は感じなくなりました。



人と集まってワイワイするのが好きな人にとっては
苦痛でしかないかもしれないけど

一人でなにかに熱中できる、内向的な人にとっては
思い切った人間関係の断捨離はプラスになるかもしれません。



時間を価値に昇華するために

ということで、長くなったけれど
わたしがフリーターになってまで得たかったものは

余分なものを排除して
本当の意味で自分に必要なものだけを残し
それを磨いていくことに専念する時間




それは、自分のデザインコンセプトとも同じ。

尊敬

エッセンシャル思考というものでしょうかね。

自分にとって大切なものって、わざわざ人に共有する必要はなくて
自分でしっかりと抱きしめていればそれで良い、とわたしは思っているけど


最近になって、
ようやく独自の事業の方向性と日差しが見えてきたので
自分を信じて辛い冬を耐え忍んでよかったなぁ、と思えるようになってきて

先が見えなくて悩んでいる誰かの励みになったらいいな、と
綴ってみました。


わたしがお友達値引きをしない理由。

わたしは、値切ってくるお客さんからはお仕事を受注しない、ということは
こちらの記事で、筆圧強めで書いたことがあるけれど

同様に、
知り合いだから、友達だからという理由で
お安く制作することは、一切しません。


わたしが冷たいからというのもあるけど、
デザイン業界、特にフリーランスデザイナーでは大常識です。

むしろ、これが徹底できていないと
職業デザイナーとして生き残れないと言っても過言ではありません。

ほんとに多いんですよねぇ。

・値切ってくる人、無料前提でお願いしてくる人
・「今度お願いしたい!」と社交辞令を言って、何度も見積もりを聞いてくる人
・見積もりを出した途端、ドン引きする人


知り合いなんだから3000円くらいでやってくれるだろう、
という期待が透けて見えるのです…


そもそも、自分が得したいがために
わたしから貴重な時間や労力を「タダで奪おう」とする人を
友達だとは思っていません。

もっと言うと、付き合うだけ損ですから
そういう人とわかれば、関わらないようにします。


知り合い値引きを求める本当の理由とは

そもそも、どうして
正規料金より大幅に安く頼まれてしまうのでしょうか。


理由はいくつかあると思いますが、
一言でいうと

形のないデザインに対して

もっと正確に言うと
「デザイン制作という作業」に対して、価値を感じてもらえていない

という一言に集約されるのではないかな。

「すぐ作れるでしょ」って思われてしまったりね。泣

しかし、いちいち仲がいいからという理由で
無料、もしくは安売りしていては、デザイン業は成り立ちません。


そもそも、それをして自分は幸せか

わたしは独立初期の何の実績もない頃から
友達だからという理由でおまけする、ということは
一切しないようにしていました。


もっと言うと、

前職の医療従事者時代に
職場や患者さんから「奉仕」を期待され
また、期待されるがままに尽くし切って疲弊していたこと
尽くしても自分に何も残らなかった経験から

業種を決める前から
「絶対に自分の仕事を安売りしない」
と、決めていました。

そして、一度安売りした相手はというと、感謝するどころか
そういう人ほど図々しい注文や修正依頼が頻繁にあったり

その価格が「適性」だと身に染みついて
正規料金を払ってくれることは二度とないどころか

正規料金を請求しようものなら
こちらが悪者扱いぼったくり扱いされてしまいかねない。



どこで学んだのかもう忘れたけど

読んでいた本の影響からか
前職での経験からか
(具体的に誰かはここでは述べませんが、「自分で働いて稼いだお金」を払っていない患者さんほど、横柄な人が多かったのです。これ、就職して一番びっくりした。)

雇われ仕事をしていた時からなぜか
そういうものだと自然と思っていたのです。



絵に描いたような失敗談

とはいえ、「まぁいっか」と思って、友人に頼まれるがまま
無料または安くデザインを提供したことが、数回あります。

顔の広い友人が自分のデザインを使ってくれたら
自分の宣伝にもなりますしね。



しかし、
その結果はやはり残念ながら、思っていた通り
あまり良い取引はできませんでした。



そして、言いにくいんだけど
友人相手って、事務的なやりとりがほんっとに成立しない。

このことは予想外で驚きました。


相手が友人だと、話しやすい、気軽に相談しやすい…と思いますよね。

そう思いきや
デザイン作成に必要な質問や情報提供には一向に答えてくれないのに
仕事と関係ない、雑談めいたメールばっかり送られてきたり…


非常に効率が悪く、いつまでたっても仕事にならないうえ
膨大に時間を奪われ、ストレスが溜まる。

しかも、対価は定価より安い、もしくは無料で作っているのに…

それは有料で請けたとしても、
お友達値引きをしている以上、あまり変わりませんでした。

こちらの優先順位としては、
見ず知らずの私を見つけて、お金と勇気を出して頼って来て下さったクライアントさんが最優先です。

だらだらと取引なのかおしゃべりなのかわからないやりとりを続けるのは
クライアントさんにも失礼。


残念ながら、友人としての関係ごと切らざるを得なかった人も何人もいます。
(一度請けたことがある以上、またダラダラ頼んでくるだろうしね。)

繰り返しになるけど 、そもそも
自分が得したいがために、わたしから「奪って得しよう」とする人を
友達だとは思っていませんからね。


見積書が踏み絵になる

とはいっても、
「デザイナーなんでしょ、今度作って~」なんてことは
やっぱりしょっちゅう言われます。

そんな時どうするかというと、見積書を出します。

わたしが提供しているデザイン料の平均価格は、数万円。

軽い気持ちで依頼するには、はっきり言って高いです。
安いものでも、1万円を下回るサービスはひとつもご用意していません。



そもそも、
デザインを作るということは華やかでラクなように見えて

打ち合わせをして
掲載する情報をすべていただいて
望むコンバージョン(目的)やターゲット層を明確にして
WEBであれば掲載するページのURL、
印刷物であれば印刷するサイズや紙の種類、
当然、印刷コストや納期もかかりますし
何度も提案と修正を繰り返します。

つまり、
たとえ「お任せ」であっても、それなりの工数や手間がかかる。
(から、それなりのお値段になる)


以上のことを知らないで
気軽に依頼してくる人がほとんどなので

99%は、見積りにギョッとして退散してくれます。

まぁ、そんなことは知らなくても当然ですから
そのことをうまく伝えられない自分にも、落ち度はあるのかなと思っています。



価値を感じて、お金を払ってもらうという重要性

そんな「失敗談」があったからこそ
友達だろうと身内だろうと、定価を提示してお仕事を請けるようになり

最初から値引きを要求してきたり、極端に予算が少ない知人の依頼は
謝罪を添えて丁重にお断りすることにしました。

そもそも、友人とのなぁなぁ取引はしたくないので
デザイナーをしているとはあまり言いません。


このことを徹底してどうなったかというと
結果、かなり快適にお仕事ができるようになり

しつこく見積を聞いてくる人や、値引きを要求する人は
自然と離れて行ってくれるようになりました。



不思議なことに、最初から定価を払ってご依頼下さった友人というのは
やりとりも入金もきっちりして下さって、非常にスムーズに取引ができる。
マナーが全然違う。

わたしのことを選んで来て下さるお客様に集中することができ
誠実なお客様にも恵まれて

とても気持ちよくお仕事をさせていただいています♡

尊敬

要するに、初対面のお客様であれ、知人であれ
商売をするときの根本は同じで

「価値を感じてもらったうえで、然るべき対価を払ってお仕事を依頼する」
というけじめは、絶対に欠かせないということ。

わたしも身近な方のサービスを受けるときは
このことに銘じて、礼儀のあるお客さんになりたいと思うのでした(*´з`)


変化の時こそ、粛々と、ていねいに。

わたしは霊感もないしスピリチュアルも興味がないのだけど
感性や直感は人一倍冴えているほうで


「特に根拠はないけどやってみたい!!」と強烈に思うものと
逆に、良いお話だけどなんか気乗りしないなぁ、やめておこう。というものが
なぜかよく真っ二つに分かれるのです。



その中でも、最近は公私共に
転機というか、大きな変化の予感というか
めちゃくちゃいい流れが来ているなと、確信が持てる。

前述したように、明確な根拠は何一つなくて
ただの肌感覚なのだけどね。

扉

それを感じると、もちろん嬉しいのだけど



それ以上に

めちゃくちゃ動揺します。


今まで、しけた毎日だったのに
え、いいの?!ってね。笑




変化の佳境で、陥りがちな失敗

でね、
動揺したらどうなるかというと


つい、背伸びするあまり
自分じゃない何者かになろうとしてしまう。

勤務労働

それでどうなるかというと、

本来の自分らしいパフォーマンスが出なかったり、
本来の素の自分を好きだと思ってくれていた人が
不自然な自分に違和感を感じて離れて行ってしまったり…


うまくいきそうだったことが空回りで終わってしまったり、
何事もなかったかのように、良いお知らせがいきなり帳消しになったり


そんな残念な結果になりかねないのです…



自分だから掴めたチャンスを次に繋げるために。


頑張るのは良いこと。

とはいっても、普段ないものをいきなり出そうとすると
せっかく「自分」だからこそ成し遂げられそうだったもの
逃げて行ってしまうことにもなりかねない。


そしてそれって、何より
自分自身を信じられていないということでもありますよね。

「このままの自分じゃだめだから、
自分じゃない何者かに頑張ってなろう」という、
強烈な自己否定。

だからこそ
良い波が来ている時こそ

あえて努力をするのであれば
「普段通りの自分を保つ努力」をするのが最善ではないかと
わたしは思っている。



「いつも通り」が最高のパフォーマンス



わたしは趣味でピアノを弾くのだけど

スポーツや芸術だって、
本番でいきなり練習以上のパフォーマンスを期待して張り切ったところで
かえっていつもと違うミスをやらかしかねない。

いつもやってきた練習のクオリティを、粛々とアウトプットするのみ。



ベースの考えは同じなのかなーって思うのです。

普段の自分を、いかに崩さないか。

背伸びせず、ないものを出そうとせず
そのままの自分で勝負する姿勢。

そう思いながら

いい流れを壊さないように慎重に、粛々と、姿勢を正して
来たる未来の変化に臨みます♡

スタートは、自分に合ったフィールド選び。

挫折

ここ半年くらいで
一気に行動範囲と付き合う人脈が変わって

改めて感じたことがあったので、書きますね。




場所を変えてもみじめさを感じていた過去と、その理由

色々な起業家さんを見て
実際に対話してきて感じたのは

(こんなすごい人たちと比べて、行動できていない)自分は、
起業家向きではないんじゃないか。

という、強烈な劣等感でした。

挫折

楽しそうにどんどん活動範囲を広げていく起業家さんたち。
家で細々とコードを打ち、エラーに四苦八苦する自分。

起業家の友人ばかりになった
SNSのタイムラインを見るたびに

イベントの告知、事業の報告、
不動産を買った報告、
家族とのプライベート投稿。

それと比べては、みじめになる自分。


実際に
起業して1年を迎えた節目
事業年度が替わる節目である今のタイミングに
個人事業をたたんでしまおうか、

自分の小ささと無力さを認めて
今いる薄給の小さな会社で、贅沢しないでひっそりと働こうか。

と、とても悩みました。

だけど、思えばこれって

普通に働いていた時も、感じた思いだな。
ということに気づいたのです。


毎日同じ単純作業の繰り返しで
昇進は10年先の年功序列。

熱心に仕事をしても
患者さんには名前すら憶えてもらえない虚しさ。

休日が来ても、疲労回復と
家の掃除、洗濯と食料の買い出し、料理の作りだめをするだけの
何の楽しみもない、どこに向かっているかわからない毎日。

そんな中
友人のSNSで、子育てや結婚式の写真を見ては
誰にも選ばれなかった自分は、女性としても価値がないんだ。
と、自分に刷り込む毎日。


そんな毎日を断ち切りたくて、半ば現実から逃げるような形で
自分で0から新しい業界に飛び込んで、色々な仕事をしてみたけれど

やっぱり、結果を出している人と比べては
劣等感を感じている自分がいる。

虚しさ

結局、どこで生きても
落ち込むときは落ち込む
らしい。



他人になろうとしていないか

そういうときって、決まって
「自分じゃない何物かになろうとしているとき」だと、
顧問のコンサルタントの方が優しく教えてくれた。

「それが自分と似ている人で、尊敬している人であれば良いのだけど

自分と違う他人のお庭に入って、うらやましがるのは
本来の自分の良いところを使えていない、ということ
だよ。」と。

侵入

(わたしのコンサルさんは、コーチングのプロでもあるので、
この方にお願いしてよかったー!ってこのとき改めて思いました^^)



そもそも、わたしはその「すごい人たち」のような活動をしたいかというと
そうではなく、むしろやりたくなかったり、あまり興味がない。

自分がやりたくないことで成功して、拡大している人と比べて
そうなれない自分を責めるのは、ナンセンスですよね。

もし仮に自分がそこそこそのフィールドで成功できたとして
「本当に好きなことではないんだけどなぁ…」と悩むのは目に見えているし。


なんて意味のないことをしていたんだろう~と、気が付きました^^;


同時に、そういう時って
自分が起業しようと思った初心や、
自分にはこれができる!という強力な武器を忘れてしまっているということ。

というか、事業を継続していくにあたって、自分の強みが
当たり前になりすぎて見えなくなってしまっているのかもしれませんね。


人と比べて落ち込んでしまう時ほど、フィールドの見直しを

「どんな環境でも、活かし方次第で活躍できる」は、嘘だと思っている。


フィールドを間違えると、育つものも育ちません。

魚を土に埋めたら死んでしまうし
海中に木を植えても育たない。



自分を責めてしまうとき
人と比べて落ち込んでしまうときこそ、
一旦思考から他人をシャットアウトして、自分と徹底的に向き合って

「自分には何ができるのか」
「自分が一番力を発揮できる環境は、どんな場所か」

そのことを思い出してあげるとよいかもしれませんね ★

リズムを作るか、作られるか。

10日間のお休みを経て思ったこと。

それは、
リズムって大事だな、ということでした。

強いられることで、整うもの。

数日前から、
「強制」というワードが
頭の中で引っかかっています。

というのも、今まではは「強制」って
ひたすらネガティブなものでしかないと思っていたのだけど

案外、人をプラスに働かせる作用があるのではないか
と思ったから。

そう認識を改めたのはとても単純な理由で

自分がこの10日間
計画していたパフォーマンスをあげられなかったから。


白紙の10日間のパフォーマンス

わたしは、人の目線があると
勉強や作業などに集中できないタチで

カフェで仕事、とか、友達と勉強、とか
絶対に無理なので


このお休みは、
連続して一人きりになれる絶好の集中期間だ!!
と意気込んでいたのですが


思いのほか、
まったく作業が捗らなかった。

のんびり

でね、年が明けて会社に出社してみて
思ったのです。

どうやら私の場合は
「誰かに見られている」という適度な緊張感、
「明日も行かなきゃ」という、適度な義務感が必要なんだな、と。



拘束は、必要悪?

拘束されるって、悪いことだとばっかり思っていたけれど
案外そうでもないみたい、ということに最近気が付いて

会社のありがたみを感じています。


薄給だとしても、理不尽なことがあったとしても
自分のリズムと緊張感を「強制的」に上げてくれているのなら

それは目に見えなくても、お金に換算できなくても
大きなベネフィットですよね。

わたしは事業の時間を少しでも確保するために
自宅から徒歩で通勤できる会社を選んでいて、

お昼休みに帰宅して、クライアントさんにメールを返したり、
洗い物などちょっとした家事を片付けているのだけど
その、たかが40分がすっごく貴重で。


午前中お仕事で頭を使っているから、パフォーマンスが上がっているし
タイムリミットがある分、かなりスピード感を持って動けていて

実際、1日中家にいるよりも、メリハリのある生活ができている。

土日のほうが時間あるはずなのに
放置した洗い物が山積みに…あ、なんでもない。



プレニート期間の教訓


10日間って、3分の1ヶ月

この、プレニート期間のような
おためし期間のようなまとまったお休みがあって
よかったなぁと心底感じました。

私が徹底していることその3 ~最低限の情報だけでも、コミュニケーションはできる~

久しぶりの更新(^^)/


先日、知り合って日が浅い人と
食事に行く機会がいくつかありました。

食事

そこで改めて感じたことを、書いていきますね。


必ず聞かれる、ひとつの質問

席について上着を脱ぎ、
料理を注文し終わる。

腰を落ち着けて会話をしようという雰囲気になった時
最初に口を開いたのは、一緒にいた人。


「モンドさんって、何歳なんですか?^^」


…食事にまで誘って聞きたかったのは、そんなことだったんだ。

今日この場に来たのは失敗だったなぁ。




そう残念に思ったのは、一度目や二度目ではない。




それを知って、どうするのか

こちらの記事でも書いたように
私は相手の年齢で態度を変える人が嫌いです。





たしかにね、年齢が気になる気持ちはわたしもわかりますよ。

見た目より若いな、老けてるなとか
ついつい考えちゃうよね(*´з`)



だけど、年齢を聞いてどうすかって

自分が、相手に接する態度や立ち位置を決めたいためだけなんじゃないかと思うのですよ。


比べる

年齢で序列を決めたがる日本人

わたしは女性なので
年齢で値踏みされているようで嫌なのもあるけれど

29歳の頃から面倒くさくて、三十路と答えていました。笑





それよりも
1対1の人間関係の場においても、根底で
年功序列や、(いわゆる中学校的な)先輩後輩を意識している人がほとんどであることが 、
古くさいなぁ…と思ってしまいます。


年上=偉い、みたいなね。





もしくは
「○○さんと同い年だよ!」と、
勢いよく言われることもあるけど


「え、タメなの!!きゃ~!嬉しい♡」
…とはなりません。


同世代で嬉しいことには嬉しいけど
同い年=みんな仲良し、というのは
小学生までじゃないでしょうか。苦笑

世代が一緒だからといって、話が合うとも限らないしね。

ごめんねぇ。ノリ悪くて。






コミュニケーションに必要なもの

年齢マウンティングにうんざりしているのは
過去の記事で書いたので繰り返さないけど




年齢を聞かなくたってコミュニケーションは取れるし

気になったとしても
会話の内容で、世代は大体想像がつくもの。

たとえば、この人は20代半ばくらいかなぁ、とかね。


別に、1の位まで正確に(たとえば27歳とか)
ぴったり知っていなくても、そのくらいぼんやりしていてよくない?
知らなくて何か困ることある?
と思うのです。

なぞなぞ


それに、年齢を知り合いっこするのが好きな人なら
会話の流れで、99%自分から言ってきます。笑

「自分は○○歳なんだけど~」ってね。



それにしても、
「年齢を聞くのは失礼」が常識だと思っていたわたしは

脱サラしてからというもの
初対面、初会話で、何のためらいもなく歳をきかれることが多くて
本当にびっくりしたというか、呆れました。

私そんなに年齢不詳?って、悩んだこともあった笑



というか、失礼だよね。
名前も名乗らず、いきなりLINE交換しましょう!とか言ってくるナンパ男と同じです。

(女性でも失礼なことはまったく変わりないと思う。)




最近では、聞かれれて答えるのがいやなので
知りたそうな顔している人の前では
自己紹介と併せて先に自分から言ってしまうこともあります。

それでも言いたくないと思った相手の場合は
会話自体を拒否します(笑)



わたしが心掛けているマナーとは


というわけで、わたしが心掛けていることは、
いたずらに相手の年齢を聞かないこと。

上品

あ、子供や学生さんだったらけっこう聞くかもしれません。
何年生?ってね。



わたしはこちらに書いたように
基本的にタメでも年下でも誰とでも丁寧語で接するので

相手の年齢を知らなくても、全くコミュニケーションには支障ない。


というか、もっと正確に言うと


敬っているかいないかは、年齢ベースではない。

尊敬

目の前の人のあり方やふるまいに感動すれば
年下だってタメだって年上だって、敬意を払います。


そんな、人の本質を見るコミュニケーションを、大切にしています。

至福のプレミアムフライデー~金曜夜に、あえての贅沢一人時間~

わたしは起業を目指してからというもの、
一切やめたことがあります。

 

それは、飲み歩くこと。

飲み会

あ、家で晩酌は今でもしょっちゅうしてますよ♡

照明を落としてジャズを聴きながらお酒片手に
PCするのが、一番至福のひとときです(*´з`)
というか今まさにそうしている。笑

 

 

娯楽を楽しみ尽くした末の
結論

 

わたしはお酒が大好きでね。
(飲み会 < お酒そのもの が好き)

さらに、お酒が入ると、普段コミュ障で口数の少ない自分でも
遠慮がなくなってしゃべるようになるのでw

お酒の席ではじめて人と打ち解けることも、すごく多かったし
なにより自分が楽しかったので
飲み会には誘われたら欠かさず参加していました。

飲み会

大学時代の部活では、主将でも副将でもなく
飲み会の幹事をひたすらやる役割だったのだけど
これがまた楽しかったのだよねw

 

社会人になってからも
同じ職場の同僚や、学生時代の友人と
定期的に会っては飲んでいたから

ほぼ毎週末、なにかしらの集まりや飲み会をしていた。

 

 

けど、
そんな生活を数年続けていると
なにも変わっていない自分に段々と嫌気がさしてくるものです。

飲み会の度に繰り返される
昔の思い出話と、近況報告、仕事の苦労話や愚痴
という
代わり映えの無い話のネタにも飽きてきた。

それとほぼ時を同じくして
飲み友達は、結婚したり就職したりで
少しずつ離れていった。

 

そして、
今まで通りの生活の延長上には
幸せも成長もない
ことに気が付いて

起業することを決めてから
一切の友達と連絡をとるのをやめたのを機に
飲みにも行くのもやめたのです。

 

一人で飲みに行ったこともあったけど、
なんか落ち着かなくて
「家でいいや」って結論になったw

 

娯楽と引き換えに得た
「収穫」とは

 

娯楽は一切やめて、
ビジネスのことでいっぱいいっぱいな今

(わたしが起業しているのを知らない人から)
「休みの日何してるの?」と聞かれると本当に困るのだけど笑

 

何をしているかと真面目に答えると

ひたすら勉強です。

もちろん聞かれた当人に対して
「休みの日は勉強してます(キリッ)」なんて絶対言わないけど笑

もっぱら読書とプログラミング

あとたまに知人の練習室を借りてピアノを弾いているくらいかな。
↑唯一の譲れない趣味。
今の目標は、またピアノに没頭できるくらいの
時間とお金のゆとりを作ること(*´ω`*)

 

週末に1テーマ決めて、
ブログ更新だったり
WEBページ作りだったり
事業計画だったり
プログラミングの勉強だったり
一番ピンとくるものにじっくり時間を使うようにしています。

特に、WEB制作(デザインやコーディング)は
スキマ時間でやろうとすると中途半端になってしまって
まとまった時間がないとなかなか進まないからねぇ。

 

 

タイムリミットの無い
インプット時間

 

これは自慢でも努力アピールでもなく、
本当にただ必死なだけなのだけど、

でも、この生活は
案外、至福感を得られる。

金曜日の午後、定時を迎えたら本屋に直行して
読みたいと思ったテーマの本をじっくり選ぶ。

タイムリミットもなく、お酒片手に(しつこいw)
寝落ちするまで誰にも邪魔されずに
買った本を読んで色々な思いを馳せる。

読んだ本からだったり、思い付きだったり
平日に温めていたアイデアだったりを
土日かけて、アウトプットしていく。

 

決して華やかではなく、地味だけど
充実感のある週末。

そんなスタイルがようやく定着してきて
今とても、充実している(*´ω`*)

 

 

時間の制約があるからこそ
生まれる集中力

 

逆に、この至福の週末時間に
まとまって集中できるのって

自由にならない平日があってこそなのかもしれません。

勤務労働

毎日自由だったら
「いつやってもいい」となって
先延ばしになってしまうかもしれないからね。

 

こうして
不自由と自由のバランスの釣り合いを取るのが
ちょうどいいのかなぁなんて思ったり。

みなさんも、
ご自身の最適なバランス、
考えてみてはいかがでしょうか(^^)/

 

 

応援されて発展しやすい人、そうでない人の違いとは ~ビジネスの真髄~

自己主張

起業するにあたって

条件、実力が大差ない環境
いや、ほぼゼロから始めるとして、

 

応援されて発展しやすい人と、そうでない人がいるとしたら
そのは何か。

応援

そんなことを考えてみました。

 

 

応援されやすい人が持っているもの

 

わたしが思うに、
応援されやすい人って

何らかの形で
相手のためになっていると思うのです。

いわゆる、「まず与える」です。

 

 

あなたが与えているのは
モノだけではない

 

とは言っても
ボランティアや奉仕をしろ、というわけでは
決してありません。

ボランティア

むしろ、反対に
わたしはタダで何かを提供することも
タダで何かを得ようとするクレクレの人も大嫌いです。

 

それは、相手を甘やかすだけで
時には、依存されてしまったりもするからね。

依存は、いずれ「もっとくれ」になるから
どちらにも良いことない。

 

 

そうではなくて
わざわざ自分の商品を安売りするのではなくて!

相手が心地よくなること
嬉しくなること
ラクになること

そんなものを提供している人。

 

たとえば、
面白いジョークで笑わせたり
他の人が気付かないところを褒めたり
その人に有益そうな人や場を紹介したり。

そんな小さなことでも、良心のある大概の人は
よくしてもらったらお返しをしたくなる。

つまり、応援してもらえたり
有益な情報を提供してもらえたり
巡り巡って自分のもとに返ってきたりするものです。

 

 

あなたが自然と
「できてしまう」ことは

 

生業にしていることをタダ出しする必要ないし
むしろタダ出ししてはいけない。

お笑い芸人が、ギャラをもらっていない宴席で笑わせたら
それは、商品の安売りでしかない。

 

けど
自分の商品以外にも
与えられることってある
と思うのね。

 

そして
わざわざ自己犠牲したり
無理矢理やろうとしなくても

自然とできてしまうことって
一つや二つ、あるんじゃないかな。

できること

例えばわたしは
宴席でサラダを取り分けるのは嫌いだけど笑、
人の良いところを褒めるのは得意なので
積極的に(お世辞ではなく)褒めるようにしている。

褒められたら、自信になるじゃない(o^^o)

今やっていること、
さらに頑張る気にもなれるしね。

 

そーんな、些細なことで良いんです。

大切なのは
相手に喜んでもらえること。
相手のためになること。

これって、ビジネスの真髄だと思う。

 

 

起業は
「自己主張」の場ではない

 

反して、
応援されない人、発展しない人っていうのは

「自分」にフォーカスしすぎていないか

ということを考えてみたら良いのではないかと思う。

自己主張

 

わたしがいろんな起業家さんを見てきて

この人ちょっと(起業家として)残念だな
この先発展しないだろうな…
と思ったのは

 

提供している商品やサービス、
それによってお客さんがどんな風に幸せになれるのかを差し置いて

自分はこんなにすごい
自分はこんなに崇高なビジョンを持っている
自分はこんな生き方をしようとしている!
自分をわかってほしい!!

と、声高に主張する人。

→関連記事: 起業「したい」人は、起業しない。

 

セールストークではなく
単なる自己主張してしまっている人って、けっこう多いもの。

というか、自分も時々そうなってしまいがちなので
戒めを込めて書いているのですけどね。

 

 

ビジネスは「商売」であって
「社会のため」にやるもの

 

起業って、言葉はかっこいいけど
「商売」です。

人に喜んでもらえた対価として
お金や知名度がついてくるのであって

学園祭のように目立てばいいものではないし
誰かに認められるためにやっているものではない。

逆に、目立たなくても
一切顔出しせずアフィリなんかで成功している人や
不動産投資やビジネスオーナーとして稼ぐ仕組みを確立して成功している人だっているしね。

 

誰かに「すごい」と言ってもらうことや
自分が「すごい実績を出した」と満足するのが目的であれば

会社員として昇進したり
目の前のお客さんに「あなたすごいね」と言ってもらったり
趣味として極める方がよほど早道です。

嫌味ではなくてね。

 

 

「自分ってこんなにすごい!」は
バレている

 

そして、そういう人は
起業して壁に当たったときや
実際にお客さんができたとき

遅かれ早かれ
何のためにビジネスを立ち上げたかわからなくなり
を見失ってしまいます

 

もっと辛口に言うと
「あなたの商品、サービスが欲しい」というお客さんは現れません。

無関心な人々

なぜなら、お客さんも人間ですから

あなたが「お客さんに幸せになってほしい」ベースではなくて
ビジネスを通して「自分ってこんなにすごいことをしている!」と思ってもらいたいこと

つまり、
「自分を満たすため」にやっているということは、
残念ながら透けて見えてしまっているからです

見透かす

ですから
「すごいと思われたい」が先行してしまっている人は

今一度、
どんな人に幸せになってほしいか?
どんな風に幸せになってほしいか?

を、考えてみたらよいかもしれませんね(*´ω`*)

 

あなたが提供できる「喜び」
何も商品化しなくとも
きっと、すぐそこにあるはずだから。

 

 

あるいは、「自分」が難しかったら
身近な人や尊敬する著名人を思い浮かべると
わかりやすいですよ♡

どんな所に惹かれるかね。

 

 

 

こんな風に書いておきながら
自分もわからなくなることが多々あるので
時々考えたりします~(-ω-)/