変化の時こそ、粛々と、ていねいに。

わたしは霊感もないしスピリチュアルも興味がないのだけど
感性や直感は人一倍冴えているほうで


「特に根拠はないけどやってみたい!!」と強烈に思うものと
逆に、良いお話だけどなんか気乗りしないなぁ、やめておこう。というものが
なぜかよく真っ二つに分かれるのです。



その中でも、最近は公私共に
転機というか、大きな変化の予感というか
めちゃくちゃいい流れが来ているなと、確信が持てる。

前述したように、明確な根拠は何一つなくて
ただの肌感覚なのだけどね。

扉

それを感じると、もちろん嬉しいのだけど



それ以上に

めちゃくちゃ動揺します。


今まで、しけた毎日だったのに
え、いいの?!ってね。笑




変化の佳境で、陥りがちな失敗

でね、
動揺したらどうなるかというと


つい、背伸びするあまり
自分じゃない何者かになろうとしてしまう。

勤務労働

それでどうなるかというと、

本来の自分らしいパフォーマンスが出なかったり、
本来の素の自分を好きだと思ってくれていた人が
不自然な自分に違和感を感じて離れて行ってしまったり…


うまくいきそうだったことが空回りで終わってしまったり、
何事もなかったかのように、良いお知らせがいきなり帳消しになったり


そんな残念な結果になりかねないのです…



自分だから掴めたチャンスを次に繋げるために。


頑張るのは良いこと。

とはいっても、普段ないものをいきなり出そうとすると
せっかく「自分」だからこそ成し遂げられそうだったもの
逃げて行ってしまうことにもなりかねない。


そしてそれって、何より
自分自身を信じられていないということでもありますよね。

「このままの自分じゃだめだから、
自分じゃない何者かに頑張ってなろう」という、
強烈な自己否定。

だからこそ
良い波が来ている時こそ

あえて努力をするのであれば
「普段通りの自分を保つ努力」をするのが最善ではないかと
わたしは思っている。



「いつも通り」が最高のパフォーマンス



わたしは趣味でピアノを弾くのだけど

スポーツや芸術だって、
本番でいきなり練習以上のパフォーマンスを期待して張り切ったところで
かえっていつもと違うミスをやらかしかねない。

いつもやってきた練習のクオリティを、粛々とアウトプットするのみ。



ベースの考えは同じなのかなーって思うのです。

普段の自分を、いかに崩さないか。

背伸びせず、ないものを出そうとせず
そのままの自分で勝負する姿勢。

そう思いながら

いい流れを壊さないように慎重に、粛々と、姿勢を正して
来たる未来の変化に臨みます♡

リズムを作るか、作られるか。

10日間のお休みを経て思ったこと。

それは、
リズムって大事だな、ということでした。

強いられることで、整うもの。

数日前から、
「強制」というワードが
頭の中で引っかかっています。

というのも、今まではは「強制」って
ひたすらネガティブなものでしかないと思っていたのだけど

案外、人をプラスに働かせる作用があるのではないか
と思ったから。

そう認識を改めたのはとても単純な理由で

自分がこの10日間
計画していたパフォーマンスをあげられなかったから。


白紙の10日間のパフォーマンス

わたしは、人の目線があると
勉強や作業などに集中できないタチで

カフェで仕事、とか、友達と勉強、とか
絶対に無理なので


このお休みは、
連続して一人きりになれる絶好の集中期間だ!!
と意気込んでいたのですが


思いのほか、
まったく作業が捗らなかった。

のんびり

でね、年が明けて会社に出社してみて
思ったのです。

どうやら私の場合は
「誰かに見られている」という適度な緊張感、
「明日も行かなきゃ」という、適度な義務感が必要なんだな、と。



拘束は、必要悪?

拘束されるって、悪いことだとばっかり思っていたけれど
案外そうでもないみたい、ということに最近気が付いて

会社のありがたみを感じています。


薄給だとしても、理不尽なことがあったとしても
自分のリズムと緊張感を「強制的」に上げてくれているのなら

それは目に見えなくても、お金に換算できなくても
大きなベネフィットですよね。

わたしは事業の時間を少しでも確保するために
自宅から徒歩で通勤できる会社を選んでいて、

お昼休みに帰宅して、クライアントさんにメールを返したり、
洗い物などちょっとした家事を片付けているのだけど
その、たかが40分がすっごく貴重で。


午前中お仕事で頭を使っているから、パフォーマンスが上がっているし
タイムリミットがある分、かなりスピード感を持って動けていて

実際、1日中家にいるよりも、メリハリのある生活ができている。

土日のほうが時間あるはずなのに
放置した洗い物が山積みに…あ、なんでもない。



プレニート期間の教訓


10日間って、3分の1ヶ月

この、プレニート期間のような
おためし期間のようなまとまったお休みがあって
よかったなぁと心底感じました。

自分を喜ばせることが、すべてのスタート。

久しぶりにお休みをいただいて
週末でイベントなどに参加する予定もなく
3日間、ゆっくり過ごすことができました。

 

とはいっても片頭痛に悩まされて
体調が悪かったのだけどね…

片頭痛って、アフター5や週末などの
気が緩んだタイミングで起きやすいみたいね。

めちゃくちゃ困る(-ω-)

 

 

休みなく働くことの
一番の弊害

 

何もないとついつい
仕事しなきゃ!って思ってしまうのだけど

ここ3ヶ月くらいずっと
本業、副業(どっちがどっちかは置いておいてw)ともに根詰めていたので

たまにはと思い
思い切ってPCを閉じて
過去の振り返りや、今後の方向性を見直しました。

 

が。
出てこない出てこない。笑

 

ずーっと頭が休まる暇がなかったので
解放されたところで
アイデアも思考も「こうしたい」という欲も出てこない…

 

これなんですよね。

私が思う、
フルタイムで働くことの一番の弊害
って。

 

私はフリーランスの傍ら
フルタイム勤務(時給性のアルバイト)をしている。

 

なぜ割安なアルバイトかってのは
拘束を最小限に留めたいから。

(それでいてフルタイムなのはね、
任意継続の掛金を払い忘れるという凡ミスをしたからです…)

 

もし、これ以上労働所得が必要になったら
社員にはならず、他でアルバイトを増やして
Wワークをするだろう。

実際に、Wワークをしていた時期も何度かあった。

 

 

環境がマインドに
及ぼす影響

 

どうしてそんなに割の悪いことをわざわざするのかというと

 

いくら頭の中で自分の事業のことを考えていても
会社と自分の線引きをしていたとしても

その空間に居続ける時間が長いと
自然とその環境に染まってしまうような
そんな危機感を感じている。

 

時間的拘束よりも
思考が拘束されるような、たまらなく窮屈な感じ。

実際、時間の拘束よりも
そっちの影響のほうが大きいと思っている。

 

 

そして、正直に言うと
会社員の群れに入って会話することが
とても心地悪い。

それは、起業している(ことを隠している)罪悪感でもあるし
自分の仕事をしたくてもできない窮屈感や
ただ単純に話が合わないつまらなさでもある。

 

そして何気に頭を悩ませるのが
「お友達」になろうと徐々に馴合い化してくる同僚との距離の取り方。
冷たいようだけど、友達作りに来たわけじゃないしね

 

居ればいるほど、そのギャップは大きくなるばかりだから
割り切って働けて、1分でも早く解放されるのが一番なのです。

 

あ、お仕事は楽しくさせてもらっていますよ(*’ω’*)

 

 

 

アイデアは
自分を喜ばせることありき

 

話は戻って。

そんな忙殺されて固まりきった頭を
まずほぐさねば!!と思って

自分を甘やかしてみることにしました。

 

久しぶりにショッピングモールに行って服を買って、
大好きないきなり!ステーキを食べて。

こういう、ふらっと期待せずに行ったときって
けっこう良い服に巡り合えたりするようで、
満足した勢いで、帰り際にパンを大量に買って帰ってきました♥
(普段、糖質とグルテンを控えている自分にしては珍しい)

 

 

どうしても、タスクに追われていたり
忙しくて体力が消耗していると

自分のことは二の次になってしまって
アイデアというか、自我が引っ込んでしまう。

 

そういう時って、
いくら「何も制限が無かったら、どうしたい?」とか自分に尋ねたところで
何も出てこないのね。

やっぱり感情を解放するには
いつもと違う場所に行ってみたり
いつもと違うに会ってみたり
行動範囲と視野を変えてあげるのが一番で

たまにはこうして
自分を解放してあげることって大事だなぁと
改めて感じました♡