フリーランス1年目の収入のリアルと、お金と引き換えに得たかったもの。

書きたいことはたくさんあるけど
体力と時間が追い付かずにいました。

書きたいことって、書きたい!と思いついた瞬間が、旬ですね。
「あとで書こう」と思っても、どうしても記憶も熱意も薄れてしまう。


先日、確定申告を終えて
昨年の莫大な為替損失と事業赤字に涙目になりました。苦笑

さらに、ひっそり隠し玉として運用していた資金が、
トルコショックでロスカットされてしまったのよ…(´;ω;`)
鎧をはぎ取られた気持ち。

それでも表情一つ変えない税理士さんは、さすが色んな人を見てきたプロだ。
むしろ、「こんなに(為替損失)あるなら、今年使わないと勿体ないよ」と言われた。笑




安定を捨てた代償のリアル

年収450万円の、安定しているといわれる専門職を辞めて3年。

この3年間、年収(給与所得)は連続して130万円でした。
(画像上部「カ」)

2019年確定申告書

貧困ギリギリライン。

お勤めしていた当時、
マンションの(結局買ってないよ)頭金にしようとしていた貯蓄も、もうありません。

今気づいたけど、タイトルの「年収3分の1」以下じゃん。笑
改めてひどいなw



0円起業、初月月商〇十万…
耳障りの良い誘惑を鵜呑みにしていませんか?

今気づいたけど
事業の経費(↑画像中央①)が、
せっせと働いて得たアルバイト収入とちょうど同じくらいかかっています。


わたしは仕入れや実店舗を必要としない
比較的ローコストで始められるデザイン業をしていますが

それでも、質のいいお仕事
自分にも相手にも、不快不便なくサービスのやりとりをしたいと思ったら
さすがに0円起業とはいきませぬ。



毎月、振り込まれたお給料を一度も手に握ることなく
引き落とされて行く切なさったら。

「やばい。そろそろほんとに死ぬな」
「身の皮剥いでお金にでもなるなら、そうしたいくらい」
「生活のレベル落とさないと」と
卑屈になったことも、一度や二度ではありません。


日々検索するワードも
ローンや貧困、生活保護のことなど、ネガティブなものばかりになっていきます。

普通に働いて、家庭を持って
休日をのんびり楽しんでいる過去の友人には
みじめになるから絶対に会いたくなかった。

時々、SNSの申請が来ては削除しての繰り返し。



あなたが期待しているであろう
飲みに行くお金も、雑談に費やす時間も、どこにもないよ!!と
怒りすら湧いた。


「起業して初月でサラリーマンのお給料越え♪」
「月収●桁!!」
などという甘いキャッチコピーもよく目にしますが…

大多数の方の脱サラ起業のリアルは
こんなもんじゃないかと思うのです。



ということで
何の下準備も情報収集もなく、マインドだけで
安易に「起業したい!」という過去の私のような方がいたら

わたしは自分の経験も踏まえて
(口には出さないけど)
やめておいたほうがいいよーと思ってしまいます(*´з`)

以前の記事(→起業「したい」人は、起業「しない」。)にも書きましたが
そもそも、本当に覚悟と準備をもって起業に臨んでいる成功者予備軍の人であれば
人に「起業したい!」と自己アピールしている暇はないでしょうしね。



数字を突き付けられ、削がれる自尊心

脱サラした人がよく言う
「貯金がみるみるうちに減っていく恐怖」は
想定内だったのでそこまでうろたえることはなかったのですが

稼ぐことがひとつのアイデンティティになっている自分にとって

生きるためのコスト > 自分が生み出した収入 という事実は
まるで自分が世間のお荷物だということを突き付けられたようで
とてつもない無価値観、自己嫌悪に襲われました。

虚しさ

ところで、脱サラしてフリーターになって以来、
無職の期間もちょこちょこあるにしても
働いている時間自体は、正社員時代とさほど変わっていません。

むしろ、お金が必要になる度にWワークしたり、深夜勤務をして
体力的にはこちら(アルバイト)のほうが相当しんどい。

ボーナスの有無は結構大きいと知った。



地域によって物価や最低賃金に差はあれど

他人の話を総合しても、自分の体感的にも
アルバイトが時間と体力が許す限り働いて得られる給与所得って
年収150万円が限界だと感じました。

それ以上を目指すと
遅かれ早かれ、どこかで必ず体か心を壊します。



人と差をつけるために不可欠なコストとは

それでもなお、わたしが身を削ってこのフリーター生活を続けることには
理由があります。


ひとつは

企業に雇ってもらって働く、ということは
そもそも自分の将来に求める本質じゃないから。

会社のビル

会社員生活の長い、ある程度会社で結果を出せている優等生さんこそ
誤解してしまいがちなんだけど

会社での実務経験が糧になることを差し引いても
企業で働くことと、自分が自営業として成功することは
同じレール上には存在しない
わけで

会社で気に入られることと、
自分個人のお客様に好きになってもらうこと
わたしの目指す「自分ブランドの構築」は、全く別物です。




ブランドのある会社に所属していることが
ステータスとなったサラリーマンカーストとは一線を画して

人と違う魅力を持っていて初めて勝負できる
「個人の時代」が到来した今、

人と同じ行動パターンをしていては、
いつまでも差がつきません。

脱サラして起業するために
その他大勢から頭一つ抜けるために絶対に必要なものを聞かれたら

体力

だと、今なら迷わず答えます。


資金不足を補填するために働くにしても
限られた時間を削って勉強や情報収集、事業計画を練るにしても
結局、体力が必要ですからね。



わたしは体力があまりなくて
特に、睡眠時間を削るライフスタイルはしたくなかったし

事実、昼間働いて帰ってきたら
頭も体も疲れてパフォーマンスも最悪だったため

フルタイムで働きながら
片手間で起業をするのは無理だと諦め
時間の確保、体力の温存を最優先にしました。


自分はメンタルを病んで体力もろともダウンしていた時期もあり
体力や集中力の限界を幾度となく感じ、悔しい思いをしました。




世間には、お仕事から帰ってきてから頭を切り替えて
夜中に寝る間を惜しんで自分のビジネスや勉強をしているスーパーマンは
少なからずいるけど、自分は無理でした。

特に、女性の場合は
睡眠不足はホルモンバランスを大きく狂わせるので
寝る間を惜しむのは超絶おすすめしません。

わたしは女性としての自分を大切にしたかったので
睡眠時間の確保は絶対に譲れませんでした。

ボランティア

ですから、融通のきく働き方と引き換えに
収入を犠牲にしたわけです。



リスク覚悟で自分の時間を死守して、得たものとは

なんだか言い訳くさい文章になってきてしまったので

わたしがフリーター生活をして以来
「解放されたもの」「捨てたもの」をシェアしますね。

  • 何をするわけじゃないけどそこにいなければいけない拘束時間
  • 家の中で翌日の仕事のことを考える時間とストレス
  • 職場の人と当り障りのない雑談をしなければいけない昼休み
  • 自分が参加している必要性があまりない会議
  • 「スキルアップのため」に行かざるを得ない、新しい学びのない休日の勉強会とその会費
  • 別に好きじゃないけど関わらなきゃいけない人との関係、そこで晒されるストレスや話を合わせる気疲れ
  • 上司やお客様を立てるために、自分を曲げたり個性を殺したりすること
  • 出世や収入UPに結びつかない勉強や努力
  • 愛想笑い
  • (会社の飲み会や親睦会、出産祝いなどで使っていた)交際費

改めて書いてみると多さにビックリしたけど(笑)

そう、フルタイムで働いていると
無駄な時間がやたら多いな、と思っていたのです。

これらを捨てて得たものは

  • 1日2時間の時間(早めに出社していた時間+昼休み)
  • ストレスや自分の個性を隠す必要がなくなり、アイデアが湧くようになった
  • 本当の意味で何者にも思考を制限されない、自分だけの自由な時間ができた
  • 「こうあるべき」「みんな一緒で安心」という価値観に触れる機会がなくなり、人と違うことをすることにいちいち罪悪感や後ろめたさを感じず済むようになった


ざっくりいうと
自分に集中することができるようになった、という感じかもしれません。



一人になって、むしろ孤独じゃなくなった

よく、起業家は孤独とか、友達を失うとか言うし、

わたしも好き嫌いは置いておいて
過去の友人と連絡を取ることを一切やめました



だけど、それで孤独になったかというと
価値観の違う人と分かり合えない孤独感や疎外感がなくなって

むしろ、人の輪の中にいるよりも、孤独感は感じなくなりました。



人と集まってワイワイするのが好きな人にとっては
苦痛でしかないかもしれないけど

一人でなにかに熱中できる、内向的な人にとっては
思い切った人間関係の断捨離はプラスになるかもしれません。



時間を価値に昇華するために

ということで、長くなったけれど
わたしがフリーターになってまで得たかったものは

余分なものを排除して
本当の意味で自分に必要なものだけを残し
それを磨いていくことに専念する時間




それは、自分のデザインコンセプトとも同じ。

尊敬

エッセンシャル思考というものでしょうかね。

自分にとって大切なものって、わざわざ人に共有する必要はなくて
自分でしっかりと抱きしめていればそれで良い、とわたしは思っているけど


最近になって、
ようやく独自の事業の方向性と日差しが見えてきたので
自分を信じて辛い冬を耐え忍んでよかったなぁ、と思えるようになってきて

先が見えなくて悩んでいる誰かの励みになったらいいな、と
綴ってみました。


わたしがお友達値引きをしない理由。

わたしは、値切ってくるお客さんからはお仕事を受注しない、ということは
こちらの記事で、筆圧強めで書いたことがあるけれど

同様に、
知り合いだから、友達だからという理由で
お安く制作することは、一切しません。


わたしが冷たいからというのもあるけど、
デザイン業界、特にフリーランスデザイナーでは大常識です。

むしろ、これが徹底できていないと
職業デザイナーとして生き残れないと言っても過言ではありません。

ほんとに多いんですよねぇ。

・値切ってくる人、無料前提でお願いしてくる人
・「今度お願いしたい!」と社交辞令を言って、何度も見積もりを聞いてくる人
・見積もりを出した途端、ドン引きする人


知り合いなんだから3000円くらいでやってくれるだろう、
という期待が透けて見えるのです…


そもそも、自分が得したいがために
わたしから貴重な時間や労力を「タダで奪おう」とする人を
友達だとは思っていません。

もっと言うと、付き合うだけ損ですから
そういう人とわかれば、関わらないようにします。


知り合い値引きを求める本当の理由とは

そもそも、どうして
正規料金より大幅に安く頼まれてしまうのでしょうか。


理由はいくつかあると思いますが、
一言でいうと

形のないデザインに対して

もっと正確に言うと
「デザイン制作という作業」に対して、価値を感じてもらえていない

という一言に集約されるのではないかな。

「すぐ作れるでしょ」って思われてしまったりね。泣

しかし、いちいち仲がいいからという理由で
無料、もしくは安売りしていては、デザイン業は成り立ちません。


そもそも、それをして自分は幸せか

わたしは独立初期の何の実績もない頃から
友達だからという理由でおまけする、ということは
一切しないようにしていました。


もっと言うと、

前職の医療従事者時代に
職場や患者さんから「奉仕」を期待され
また、期待されるがままに尽くし切って疲弊していたこと
尽くしても自分に何も残らなかった経験から

業種を決める前から
「絶対に自分の仕事を安売りしない」
と、決めていました。

そして、一度安売りした相手はというと、感謝するどころか
そういう人ほど図々しい注文や修正依頼が頻繁にあったり

その価格が「適性」だと身に染みついて
正規料金を払ってくれることは二度とないどころか

正規料金を請求しようものなら
こちらが悪者扱いぼったくり扱いされてしまいかねない。



どこで学んだのかもう忘れたけど

読んでいた本の影響からか
前職での経験からか
(具体的に誰かはここでは述べませんが、「自分で働いて稼いだお金」を払っていない患者さんほど、横柄な人が多かったのです。これ、就職して一番びっくりした。)

雇われ仕事をしていた時からなぜか
そういうものだと自然と思っていたのです。



絵に描いたような失敗談

とはいえ、「まぁいっか」と思って、友人に頼まれるがまま
無料または安くデザインを提供したことが、数回あります。

顔の広い友人が自分のデザインを使ってくれたら
自分の宣伝にもなりますしね。



しかし、
その結果はやはり残念ながら、思っていた通り
あまり良い取引はできませんでした。



そして、言いにくいんだけど
友人相手って、事務的なやりとりがほんっとに成立しない。

このことは予想外で驚きました。


相手が友人だと、話しやすい、気軽に相談しやすい…と思いますよね。

そう思いきや
デザイン作成に必要な質問や情報提供には一向に答えてくれないのに
仕事と関係ない、雑談めいたメールばっかり送られてきたり…


非常に効率が悪く、いつまでたっても仕事にならないうえ
膨大に時間を奪われ、ストレスが溜まる。

しかも、対価は定価より安い、もしくは無料で作っているのに…

それは有料で請けたとしても、
お友達値引きをしている以上、あまり変わりませんでした。

こちらの優先順位としては、
見ず知らずの私を見つけて、お金と勇気を出して頼って来て下さったクライアントさんが最優先です。

だらだらと取引なのかおしゃべりなのかわからないやりとりを続けるのは
クライアントさんにも失礼。


残念ながら、友人としての関係ごと切らざるを得なかった人も何人もいます。
(一度請けたことがある以上、またダラダラ頼んでくるだろうしね。)

繰り返しになるけど 、そもそも
自分が得したいがために、わたしから「奪って得しよう」とする人を
友達だとは思っていませんからね。


見積書が踏み絵になる

とはいっても、
「デザイナーなんでしょ、今度作って~」なんてことは
やっぱりしょっちゅう言われます。

そんな時どうするかというと、見積書を出します。

わたしが提供しているデザイン料の平均価格は、数万円。

軽い気持ちで依頼するには、はっきり言って高いです。
安いものでも、1万円を下回るサービスはひとつもご用意していません。



そもそも、
デザインを作るということは華やかでラクなように見えて

打ち合わせをして
掲載する情報をすべていただいて
望むコンバージョン(目的)やターゲット層を明確にして
WEBであれば掲載するページのURL、
印刷物であれば印刷するサイズや紙の種類、
当然、印刷コストや納期もかかりますし
何度も提案と修正を繰り返します。

つまり、
たとえ「お任せ」であっても、それなりの工数や手間がかかる。
(から、それなりのお値段になる)


以上のことを知らないで
気軽に依頼してくる人がほとんどなので

99%は、見積りにギョッとして退散してくれます。

まぁ、そんなことは知らなくても当然ですから
そのことをうまく伝えられない自分にも、落ち度はあるのかなと思っています。



価値を感じて、お金を払ってもらうという重要性

そんな「失敗談」があったからこそ
友達だろうと身内だろうと、定価を提示してお仕事を請けるようになり

最初から値引きを要求してきたり、極端に予算が少ない知人の依頼は
謝罪を添えて丁重にお断りすることにしました。

そもそも、友人とのなぁなぁ取引はしたくないので
デザイナーをしているとはあまり言いません。


このことを徹底してどうなったかというと
結果、かなり快適にお仕事ができるようになり

しつこく見積を聞いてくる人や、値引きを要求する人は
自然と離れて行ってくれるようになりました。



不思議なことに、最初から定価を払ってご依頼下さった友人というのは
やりとりも入金もきっちりして下さって、非常にスムーズに取引ができる。
マナーが全然違う。

わたしのことを選んで来て下さるお客様に集中することができ
誠実なお客様にも恵まれて

とても気持ちよくお仕事をさせていただいています♡

尊敬

要するに、初対面のお客様であれ、知人であれ
商売をするときの根本は同じで

「価値を感じてもらったうえで、然るべき対価を払ってお仕事を依頼する」
というけじめは、絶対に欠かせないということ。

わたしも身近な方のサービスを受けるときは
このことに銘じて、礼儀のあるお客さんになりたいと思うのでした(*´з`)


フリーランスの、価格と仕事相手選びについて。

フリーランスの良いところに
お客さんを選べる
ということがある。

今まで向かない接客業でストレスを感じてきた自分にとって、
これはかなり大きい。

 

 

たとえ安くしてでも、
仕事を「させてもらう」べきか

 

巷の起業論やビジネス論では
最初のうちは頂いた仕事はすべて全力でやるとか
仕事を選ぶなとか
無料でも最初は、仕事を「させて頂く」とか

そういった主張もあるし
今までも散々、こういったアドバイスを受けてきました。

 

が!
わたしの場合は、
仕事のない駆け出しのころから一貫して

なんかいやだな」と感じたご依頼は全て
お断りさせていただく
ということを徹底しています。

 

デザイナーが具体的に「いやだな」と感じる場面

 

「いやだな」の中には、
そもそもお互い気持ちよく仕事ができないと思われる

  • 自分が不得意な案件
    (不得意なものを作って中途半端なものを納品するのは、自分の格を下げるだけ。
    正直に不得意だとお伝えします。承知の上でそれでも…と言われたらできる限りお請けします)
  • クライアント(上から目線、しつこい、依存的、逆に音信不通になりがちなど)とうまく疎通が取れない
    というか、依頼者のことをあまりよく知らなくてデザインを考えようがないとかね。(デザイナーは魔法使いや占い師じゃありませんから!!)

そんなものも少なくはないけど

 

やはり圧倒的に多いのが、価格面です。

 

 

自分の労働代、忘れてない?

 

わたしは義理は大切にしたい人間だけど
何の見返りもないボランティアをできるような慈愛はない、
ドライな女ので

 

特段、理由もないのに

  • 「とにかく1円でも安くやってほしい」
  • 「あそこの会社は○○円だからそこと同じくらい、
    業界底値でやってほしい」
  • 「知り合いだから安くやってくれるだろう」
    といった、下心が透けて見えるご依頼は、絶対に受注しません。

 

こういったご依頼をする背景はそもそも

デザイナーの労働にお金を払う意義を感じておらず
安ければなんでもいいことがほとんどなので

「質のいいデザイン」や「わたしが手間暇かけてアイデア出しして作る理由」が存在しない

スーパーの見切り品じゃないんだから。

 

格安テンプレートと同じ価格設定を求められるなんて、もってのほかだし
(そんな人に見積出しても顰蹙買うだけですから、見積すら出しませんが)

そもそも価値を感じていないものって、大切にしないですよね。
百均やワゴンセールの商品とかね。

つまり、自分や自分の提供する品物が、
ぞんざいに扱われる
のも、目に見える。

 

自分の提供しているものに価値を感じてくれている人には
対価を頂いて提供する

自分のサービスに価値を感じてもらえていない人には
そもそも手間暇心を割いて提供する意味はない

 

これに尽きますね(^^)/

 

最安値でやってほしい人は

格安を売りにしている他社様や無料テンプレート、
ほかにお友達値引を実施しているところへ行っていただければ
十二分に、事足りるのです。
(実際に、安かろう悪かろうの格安テンプレートサイトなどを教えます)

わたしはわたしで、皿洗いのアルバイトしていたほうがマシってなるよね。
(皿洗いのバイトしていたことあるけど、覚えること少ないし無駄な会話もしなくていいから
けっこう好きだった)

 

クライアントさんはご希望通りに安く済ませることができるわけだし
わたしも格安で満足できる顧客に、わざわざ労力を割いて制作しなくてよくなるわけだし。Win-Winね!

それはそれで、ベターなケースも全然あると思う(‘ω’)

 

 

自分ビジネスの原点
それをやっていて楽しいか?

 

綺麗ごとになってしまうけれど

価格を決めて提示する上で、そもそも一番大切なのは

「その仕事をやっていて、自分は幸せか

だと思っている。

 

想像してみて下さい。

あなたがレストランオーナーだったとしたら…
「高い」とケチをつけてくるお客さんや、値切ってくるお客さんに
最高のサービスを提供したいと思いますか?

 

すこし量を減らしてしまおうとか
原価の安い材料で済まそうとか
そもそも、笑顔で親切丁寧に接客したくないとか

思ってしまいますよね?

 

第一、
正規料金をきっちり払ってくれている
誠実なお客様に、失礼極まりない。

 

それでもお客様には平等に接するのがプロだ!!
接客業として失格だ!!!
と思われた方は、
わたしのビジネス論は不快感しか感じないと思いますので
当ブログへは訪問されないことを推奨します(*´ω`*)

 

 

もし、何か理由があって安値で請けたとすると

「これしか払ってくれないなら、手抜きしてもいいか」
とか思ってしまうのが人間だし

クライアントさんに対して
「安くやってあげている」という、
上から目線になってしまったり

はたまた
「これだけしか貰ってないのに、
こんなにやらなきゃいけないなんて…」

犠牲的な気持ちにもなる。

 

中途半端な手抜き品を納品したくなんかないし
それは、自分にとってもマイナス。

いくら好きでも、疲弊してしまうよね。

 

 

「底値」を徹底している人が気を付けたいこと

 

じゃあ、高級志向になれば良いのか、という話ではなく
買い物にも似ているかもしれませんね。

靴下は300円で十分だけど
靴は30000円かけても、永く履けて良いものがほしい、みたいな。

 

ひとまとめに思考停止して「なるべく安く!!」を徹底しすぎると
いつまでも大切なものは手に入らないよ。

と、値切ってくる方を見るたびに、思う。
(もちろん言わないけどね)

 

けっこう、節約主婦の方とか女性に多い。
心掛けは素晴らしいけどね。

 

 

 

 

譲れないところには、たっぷりお金をかける。
譲れるところは、なるべく安く。

そんなメリハリがあったらいいなと思いますし

付加価値をつけることがお仕事のわたしとしては、
前者のお手伝いをする立場でありたいなと思っています(*´ω`*)