いつもと同じから抜け出すためには、いつもと違う選択を。

離陸

お正月ムードも終わった1月末。

久しぶりに冒険をしてみることにしました。

離陸

行ってみたいところがあったのだけど

さほど遠くでもないにもかかわらず
それまでは、行けない言い訳を並べていたのです。

お金がないとか、時間がないとか、
取り立てて行く用事がないとかねぇ…



きっかけは、いつものバーゲン

わたしはよくネットショップで服を買うのだけど

お店でもバーゲンを開催しているこの時期
ネットショップでもバーゲンが開催されていたのね。


お気に入りのスカートの種類違いが発売されていたから
欲しい!!と思ってカゴにまで入れて、気が付いた。

スカート買うお金あるなら、行けるんじゃないか。

そう思ったら、調べずにはいられなくなり

ためしにLCCが就航しているか見ると…

めちゃくちゃ安く行ける!
しかも、席もまだ空いている!


どんな未来を望むかで、最適解は変わる

とは言っても、即決できたわけではなくて
数日間ものすごーーーく悩みました。


かごに入れたスカートは
一度買って気に入っていた商品の関連商品だから

買って失敗することもないし
ポチっとすれば家まで届けてくれる。

しかも、ずっと使えるしね。




弾丸旅行は、ほんとうに行き当たりばったりで
最悪、「ただのお金のかさむ移動」になってしまうかもしれない。

だけど、
今とは違う未来が拓けるかもしれない。

もっと言うと

新しいスカートを買っても、
いつもの行動範囲でしか履かないのであれば

それって、なんのために買うんだろう?って思ったのね。


日頃のお勤め生活では、
悪目立ちしないように「扮して」仕事をしているわたしにとって
お気に入りの服を買う目的って

日常生活で恥ずかしくない服装を、という目的ではなくて
やっぱり、日常の一歩外に出て
一段上の自分になって、幸せになりたいからだと思う。




であれば、
後者のほうが、よっぽど目的に近くて
幸せの近道だよなぁって。

幸せ

むしろ、前者は
「好きなものを買ったはいいけど、日常はやっぱり変わらなかった…」って
落ち込む材料にすらなる気がした。


絶対になにか収穫が得られる、とも限らない。
むしろ、まぶしい世界を目の当たりにして
自分を見失って落ち込むかもしれない。


だけど、日常と違うことをしなければ
いつまでも今の日常は、良くも悪くも何一つ変わらない。

それだけは確かな事実。



停滞を恐れて、変わり続ける運命


元々わたしは、停滞が怖い性格。

過去、安定していた仕事すら
何の変化も成長もないことが恐怖で、辞めた。



きっと日々変化を求めて、変わり続けるのが
わたしの宿命的なものなんだろうなぁ。

と、良くも悪くも開き直り
前へ進む足を止めることなく、進んでいきます。

スタートは、自分に合ったフィールド選び。

挫折

ここ半年くらいで
一気に行動範囲と付き合う人脈が変わって

改めて感じたことがあったので、書きますね。




場所を変えてもみじめさを感じていた過去と、その理由

色々な起業家さんを見て
実際に対話してきて感じたのは

(こんなすごい人たちと比べて、行動できていない)自分は、
起業家向きではないんじゃないか。

という、強烈な劣等感でした。

挫折

楽しそうにどんどん活動範囲を広げていく起業家さんたち。
家で細々とコードを打ち、エラーに四苦八苦する自分。

起業家の友人ばかりになった
SNSのタイムラインを見るたびに

イベントの告知、事業の報告、
不動産を買った報告、
家族とのプライベート投稿。

それと比べては、みじめになる自分。


実際に
起業して1年を迎えた節目
事業年度が替わる節目である今のタイミングに
個人事業をたたんでしまおうか、

自分の小ささと無力さを認めて
今いる薄給の小さな会社で、贅沢しないでひっそりと働こうか。

と、とても悩みました。

だけど、思えばこれって

普通に働いていた時も、感じた思いだな。
ということに気づいたのです。


毎日同じ単純作業の繰り返しで
昇進は10年先の年功序列。

熱心に仕事をしても
患者さんには名前すら憶えてもらえない虚しさ。

休日が来ても、疲労回復と
家の掃除、洗濯と食料の買い出し、料理の作りだめをするだけの
何の楽しみもない、どこに向かっているかわからない毎日。

そんな中
友人のSNSで、子育てや結婚式の写真を見ては
誰にも選ばれなかった自分は、女性としても価値がないんだ。
と、自分に刷り込む毎日。


そんな毎日を断ち切りたくて、半ば現実から逃げるような形で
自分で0から新しい業界に飛び込んで、色々な仕事をしてみたけれど

やっぱり、結果を出している人と比べては
劣等感を感じている自分がいる。

虚しさ

結局、どこで生きても
落ち込むときは落ち込む
らしい。



他人になろうとしていないか

そういうときって、決まって
「自分じゃない何物かになろうとしているとき」だと、
顧問のコンサルタントの方が優しく教えてくれた。

「それが自分と似ている人で、尊敬している人であれば良いのだけど

自分と違う他人のお庭に入って、うらやましがるのは
本来の自分の良いところを使えていない、ということ
だよ。」と。

侵入

(わたしのコンサルさんは、コーチングのプロでもあるので、
この方にお願いしてよかったー!ってこのとき改めて思いました^^)



そもそも、わたしはその「すごい人たち」のような活動をしたいかというと
そうではなく、むしろやりたくなかったり、あまり興味がない。

自分がやりたくないことで成功して、拡大している人と比べて
そうなれない自分を責めるのは、ナンセンスですよね。

もし仮に自分がそこそこそのフィールドで成功できたとして
「本当に好きなことではないんだけどなぁ…」と悩むのは目に見えているし。


なんて意味のないことをしていたんだろう~と、気が付きました^^;


同時に、そういう時って
自分が起業しようと思った初心や、
自分にはこれができる!という強力な武器を忘れてしまっているということ。

というか、事業を継続していくにあたって、自分の強みが
当たり前になりすぎて見えなくなってしまっているのかもしれませんね。


人と比べて落ち込んでしまう時ほど、フィールドの見直しを

「どんな環境でも、活かし方次第で活躍できる」は、嘘だと思っている。


フィールドを間違えると、育つものも育ちません。

魚を土に埋めたら死んでしまうし
海中に木を植えても育たない。



自分を責めてしまうとき
人と比べて落ち込んでしまうときこそ、
一旦思考から他人をシャットアウトして、自分と徹底的に向き合って

「自分には何ができるのか」
「自分が一番力を発揮できる環境は、どんな場所か」

そのことを思い出してあげるとよいかもしれませんね ★

リズムを作るか、作られるか。

10日間のお休みを経て思ったこと。

それは、
リズムって大事だな、ということでした。

強いられることで、整うもの。

数日前から、
「強制」というワードが
頭の中で引っかかっています。

というのも、今まではは「強制」って
ひたすらネガティブなものでしかないと思っていたのだけど

案外、人をプラスに働かせる作用があるのではないか
と思ったから。

そう認識を改めたのはとても単純な理由で

自分がこの10日間
計画していたパフォーマンスをあげられなかったから。


白紙の10日間のパフォーマンス

わたしは、人の目線があると
勉強や作業などに集中できないタチで

カフェで仕事、とか、友達と勉強、とか
絶対に無理なので


このお休みは、
連続して一人きりになれる絶好の集中期間だ!!
と意気込んでいたのですが


思いのほか、
まったく作業が捗らなかった。

のんびり

でね、年が明けて会社に出社してみて
思ったのです。

どうやら私の場合は
「誰かに見られている」という適度な緊張感、
「明日も行かなきゃ」という、適度な義務感が必要なんだな、と。



拘束は、必要悪?

拘束されるって、悪いことだとばっかり思っていたけれど
案外そうでもないみたい、ということに最近気が付いて

会社のありがたみを感じています。


薄給だとしても、理不尽なことがあったとしても
自分のリズムと緊張感を「強制的」に上げてくれているのなら

それは目に見えなくても、お金に換算できなくても
大きなベネフィットですよね。

わたしは事業の時間を少しでも確保するために
自宅から徒歩で通勤できる会社を選んでいて、

お昼休みに帰宅して、クライアントさんにメールを返したり、
洗い物などちょっとした家事を片付けているのだけど
その、たかが40分がすっごく貴重で。


午前中お仕事で頭を使っているから、パフォーマンスが上がっているし
タイムリミットがある分、かなりスピード感を持って動けていて

実際、1日中家にいるよりも、メリハリのある生活ができている。

土日のほうが時間あるはずなのに
放置した洗い物が山積みに…あ、なんでもない。



プレニート期間の教訓


10日間って、3分の1ヶ月

この、プレニート期間のような
おためし期間のようなまとまったお休みがあって
よかったなぁと心底感じました。