わたしがお友達値引きをしない理由。

わたしは、値切ってくるお客さんからはお仕事を受注しない、ということは
こちらの記事で、筆圧強めで書いたことがあるけれど

同様に、
知り合いだから、友達だからという理由で
お安く制作することは、一切しません。


わたしが冷たいからというのもあるけど、
デザイン業界、特にフリーランスデザイナーでは大常識です。

むしろ、これが徹底できていないと
職業デザイナーとして生き残れないと言っても過言ではありません。

ほんとに多いんですよねぇ。

・値切ってくる人、無料前提でお願いしてくる人
・「今度お願いしたい!」と社交辞令を言って、何度も見積もりを聞いてくる人
・見積もりを出した途端、ドン引きする人


知り合いなんだから3000円くらいでやってくれるだろう、
という期待が透けて見えるのです…


そもそも、自分が得したいがために
わたしから貴重な時間や労力を「タダで奪おう」とする人を
友達だとは思っていません。

もっと言うと、付き合うだけ損ですから
そういう人とわかれば、関わらないようにします。


知り合い値引きを求める本当の理由とは

そもそも、どうして
正規料金より大幅に安く頼まれてしまうのでしょうか。


理由はいくつかあると思いますが、
一言でいうと

形のないデザインに対して

もっと正確に言うと
「デザイン制作という作業」に対して、価値を感じてもらえていない

という一言に集約されるのではないかな。

「すぐ作れるでしょ」って思われてしまったりね。泣

しかし、いちいち仲がいいからという理由で
無料、もしくは安売りしていては、デザイン業は成り立ちません。


そもそも、それをして自分は幸せか

わたしは独立初期の何の実績もない頃から
友達だからという理由でおまけする、ということは
一切しないようにしていました。


もっと言うと、

前職の医療従事者時代に
職場や患者さんから「奉仕」を期待され
また、期待されるがままに尽くし切って疲弊していたこと
尽くしても自分に何も残らなかった経験から

業種を決める前から
「絶対に自分の仕事を安売りしない」
と、決めていました。

そして、一度安売りした相手はというと、感謝するどころか
そういう人ほど図々しい注文や修正依頼が頻繁にあったり

その価格が「適性」だと身に染みついて
正規料金を払ってくれることは二度とないどころか

正規料金を請求しようものなら
こちらが悪者扱いぼったくり扱いされてしまいかねない。



どこで学んだのかもう忘れたけど

読んでいた本の影響からか
前職での経験からか
(具体的に誰かはここでは述べませんが、「自分で働いて稼いだお金」を払っていない患者さんほど、横柄な人が多かったのです。これ、就職して一番びっくりした。)

雇われ仕事をしていた時からなぜか
そういうものだと自然と思っていたのです。



絵に描いたような失敗談

とはいえ、「まぁいっか」と思って、友人に頼まれるがまま
無料または安くデザインを提供したことが、数回あります。

顔の広い友人が自分のデザインを使ってくれたら
自分の宣伝にもなりますしね。



しかし、
その結果はやはり残念ながら、思っていた通り
あまり良い取引はできませんでした。



そして、言いにくいんだけど
友人相手って、事務的なやりとりがほんっとに成立しない。

このことは予想外で驚きました。


相手が友人だと、話しやすい、気軽に相談しやすい…と思いますよね。

そう思いきや
デザイン作成に必要な質問や情報提供には一向に答えてくれないのに
仕事と関係ない、雑談めいたメールばっかり送られてきたり…


非常に効率が悪く、いつまでたっても仕事にならないうえ
膨大に時間を奪われ、ストレスが溜まる。

しかも、対価は定価より安い、もしくは無料で作っているのに…

それは有料で請けたとしても、
お友達値引きをしている以上、あまり変わりませんでした。

こちらの優先順位としては、
見ず知らずの私を見つけて、お金と勇気を出して頼って来て下さったクライアントさんが最優先です。

だらだらと取引なのかおしゃべりなのかわからないやりとりを続けるのは
クライアントさんにも失礼。


残念ながら、友人としての関係ごと切らざるを得なかった人も何人もいます。
(一度請けたことがある以上、またダラダラ頼んでくるだろうしね。)

繰り返しになるけど 、そもそも
自分が得したいがために、わたしから「奪って得しよう」とする人を
友達だとは思っていませんからね。


見積書が踏み絵になる

とはいっても、
「デザイナーなんでしょ、今度作って~」なんてことは
やっぱりしょっちゅう言われます。

そんな時どうするかというと、見積書を出します。

わたしが提供しているデザイン料の平均価格は、数万円。

軽い気持ちで依頼するには、はっきり言って高いです。
安いものでも、1万円を下回るサービスはひとつもご用意していません。



そもそも、
デザインを作るということは華やかでラクなように見えて

打ち合わせをして
掲載する情報をすべていただいて
望むコンバージョン(目的)やターゲット層を明確にして
WEBであれば掲載するページのURL、
印刷物であれば印刷するサイズや紙の種類、
当然、印刷コストや納期もかかりますし
何度も提案と修正を繰り返します。

つまり、
たとえ「お任せ」であっても、それなりの工数や手間がかかる。
(から、それなりのお値段になる)


以上のことを知らないで
気軽に依頼してくる人がほとんどなので

99%は、見積りにギョッとして退散してくれます。

まぁ、そんなことは知らなくても当然ですから
そのことをうまく伝えられない自分にも、落ち度はあるのかなと思っています。



価値を感じて、お金を払ってもらうという重要性

そんな「失敗談」があったからこそ
友達だろうと身内だろうと、定価を提示してお仕事を請けるようになり

最初から値引きを要求してきたり、極端に予算が少ない知人の依頼は
謝罪を添えて丁重にお断りすることにしました。

そもそも、友人とのなぁなぁ取引はしたくないので
デザイナーをしているとはあまり言いません。


このことを徹底してどうなったかというと
結果、かなり快適にお仕事ができるようになり

しつこく見積を聞いてくる人や、値引きを要求する人は
自然と離れて行ってくれるようになりました。



不思議なことに、最初から定価を払ってご依頼下さった友人というのは
やりとりも入金もきっちりして下さって、非常にスムーズに取引ができる。
マナーが全然違う。

わたしのことを選んで来て下さるお客様に集中することができ
誠実なお客様にも恵まれて

とても気持ちよくお仕事をさせていただいています♡

尊敬

要するに、初対面のお客様であれ、知人であれ
商売をするときの根本は同じで

「価値を感じてもらったうえで、然るべき対価を払ってお仕事を依頼する」
というけじめは、絶対に欠かせないということ。

わたしも身近な方のサービスを受けるときは
このことに銘じて、礼儀のあるお客さんになりたいと思うのでした(*´з`)


変化の時こそ、粛々と、ていねいに。

わたしは霊感もないしスピリチュアルも興味がないのだけど
感性や直感は人一倍冴えているほうで


「特に根拠はないけどやってみたい!!」と強烈に思うものと
逆に、良いお話だけどなんか気乗りしないなぁ、やめておこう。というものが
なぜかよく真っ二つに分かれるのです。



その中でも、最近は公私共に
転機というか、大きな変化の予感というか
めちゃくちゃいい流れが来ているなと、確信が持てる。

前述したように、明確な根拠は何一つなくて
ただの肌感覚なのだけどね。

扉

それを感じると、もちろん嬉しいのだけど



それ以上に

めちゃくちゃ動揺します。


今まで、しけた毎日だったのに
え、いいの?!ってね。笑




変化の佳境で、陥りがちな失敗

でね、
動揺したらどうなるかというと


つい、背伸びするあまり
自分じゃない何者かになろうとしてしまう。

勤務労働

それでどうなるかというと、

本来の自分らしいパフォーマンスが出なかったり、
本来の素の自分を好きだと思ってくれていた人が
不自然な自分に違和感を感じて離れて行ってしまったり…


うまくいきそうだったことが空回りで終わってしまったり、
何事もなかったかのように、良いお知らせがいきなり帳消しになったり


そんな残念な結果になりかねないのです…



自分だから掴めたチャンスを次に繋げるために。


頑張るのは良いこと。

とはいっても、普段ないものをいきなり出そうとすると
せっかく「自分」だからこそ成し遂げられそうだったもの
逃げて行ってしまうことにもなりかねない。


そしてそれって、何より
自分自身を信じられていないということでもありますよね。

「このままの自分じゃだめだから、
自分じゃない何者かに頑張ってなろう」という、
強烈な自己否定。

だからこそ
良い波が来ている時こそ

あえて努力をするのであれば
「普段通りの自分を保つ努力」をするのが最善ではないかと
わたしは思っている。



「いつも通り」が最高のパフォーマンス



わたしは趣味でピアノを弾くのだけど

スポーツや芸術だって、
本番でいきなり練習以上のパフォーマンスを期待して張り切ったところで
かえっていつもと違うミスをやらかしかねない。

いつもやってきた練習のクオリティを、粛々とアウトプットするのみ。



ベースの考えは同じなのかなーって思うのです。

普段の自分を、いかに崩さないか。

背伸びせず、ないものを出そうとせず
そのままの自分で勝負する姿勢。

そう思いながら

いい流れを壊さないように慎重に、粛々と、姿勢を正して
来たる未来の変化に臨みます♡

「今ここ」を味わう勇気と贅沢。

前回の記事でお書きしたように
ノープランツアーに来ています(*´з`)

勘を頼りに、徒歩圏内をうろうろ散歩して
偶然見つけたものや、その町独特の空気感に、思いを馳せる。

道に迷ったらGoogleマップがあるしね。
↑欲張り心ゆえ、どんどん寄り道したくなって、しょっちゅう迷う。笑



人気の観光スポットや絶対押さえておきたい有名店に行くような
「ノルマを消化していく」旅は、好きじゃなくて

ひたすら、感性のままに足を運ぶ。

あるいは、そんなに外へ出ずに
ホテルでごろごろするだけの旅もあったり♡




そこで出会った偶然に、感動が生まれる。

そんな旅が、わたしは好き。



因果関係を考えると、苦しくなるだけ

予約したホテルには今どき珍しくサウナ付きの大浴場があって、
のんびりとお湯につかっていた時


はぁ~幸せだなー、という感覚と同時に


ここでのんびりしていて良いのかな、という
後ろめたさが頭をかすめた。

目的のない旅なんかしていて大丈夫か自分、
幸せなんか味わってる場合じゃないんじゃない?という不安。


与えてもらったものは、味わい尽くす。

だけど、
そんな脳内を蝕む不安は、一蹴してやりました。


今のわたしは、確かにここに居て
なんだかんだで、のんびりくつろぐことが許される今この状況があるわけで


飛行機もホテルも温泉も、自分のために用意されていて
現地で会ってくれる人がいて
(自分が代金を払ったり、行動したからとはいえ)


それってすごいことだと感じて
ただただひたすら感謝して
その幸せに浸るくらい、良いじゃん!!って。

上品

だって、いやだよね。

せっかく与えられたものがあったとして

「わたしなんか○○ができていないから…」
「他にやらなきゃいけないことがあるから…」
「今日遊んだ分、どうやって取り戻そう」
とか、ブツブツ不安を言いながら過ごすの。


それなら、いっそ何もしないで家にいたほうがいい。


過去も未来も切り離された、「今ここ」

「今ここ」が快か不快かに
いちいち、過去や未来との因果関係をつけなくたって良い。

楽しければ楽しめばいいし
快楽を味わって、次のなにかに昇華すればいい。

そこを切り離した途端に、すごく気持ちが軽くなった。

ではでは、旅路を楽しんできます♡