欲しかったものは、既に手に入っていた話。

上品

あなたは、欲しいもの、手に入れたいもの
肩書き、ステータス、年収、人との関係…

そんなものは、ありますか?

それを手に入れたとして、
どんな日常が望めますか?
どんな感情を味わいたいですか?

たとえば「お金が欲しい」なら
そのお金で何をしたいのか。

憧れのブランドの服を買って
優雅な気持ちで特別な日を過ごしたいのか、
旅行に行って、新しい世界を体験したいのか、
やりたくない家事を丸投げして快適に過ごしたいのか…

今日は、わたしのそんな話です。

欲しいのは目的か、過程か。

わたしにも、ここ数ヶ月、
ずっと欲しくて切望していたものがありました。

で、手に入らないことを嘆いたり
開き直って「なくてもいいし」っていじけたりもしていた。



そんなある日、
すっごい幸せな出来事があって。

そこで気が付いたのです。

ほんとうに欲しかったものって、これじゃないか。
だとしたら、もう手に入ってるじゃん。って。

上品

たしかに、「欲しいもの」は、手に入っていない。

だけど、欲しかったものを手に入れることで得たかった体験や感情は
既に先取りできていたのです。

それに気が付いたら、手に入れることに対して
執着していた気持ちが、すーっと消えていきました。
あ、なくても今のままで十分だった、って。

そこを見失って「手に入らない!」といじけていては
得られる幸せも、すでに得ていた体験も、逃げてしまっても仕方ないですよね。

ほんとうに「手に入れる」ことが最重要なのか

手に入れる、ということ、
目に見えるものにばかりこだわっていたら
それは、今ある大切なものを否定していることにもなっているかもしれません。

改めて、あなたが欲しいものは
それが手に入ることで得られる体験や感情は、なんですか?


人との出会いに導かれた、転換期のいろいろ。

「医療従事者」の鎧を捨ててから、ちょうど3年経ちました。

ここ数ヶ月で、色々変化があったので
それをまとめてみますね。

WEB制作会社を辞めました

昨年夏に、大好きだったバー勤務を泣く泣く辞めて
実績作りのために働きはじめたWEB制作会社を、
3月で退職しました。


で、半年ぶりにバーに復帰させてもらいました。
とっても有難いことに、温かく迎え入れてくれて
幸せな気持ちで働いています♪

退職の理由は書きたくなったら書くかもしれませんが
詳しく知りたいマニアがいたら直接聞いてくださいね♡



制作~WEBマーケティングまでワンストップで行っている会社だったので
制作スキルはもちろん、マーケティング施策など、とても勉強になりました。

が、今まで勉強になった、スキルアップできた、イコール
これからもここに居続けることがプラスになる、ではないと気付いた。

居続けるメリットとデメリットを天秤にかけた結果、
学ぶべきことはだいぶ吸収しきったかな、と。

移動

で、WEB業界でキャリアアップしたくて
転職活動をしていたのだけどね。


WEB業界の「実務経験年数至上主義」にうんざりして、
すぐやめちゃった(*´з`)

↑これについては思うことがすごくあるので、
また別記事で書こうと思うのですが


職務経歴書を盛ったりして、
会社に採ってもらえる努力をしている暇があるなら

お仕事を個人で受注できる基盤ができている自分にとっては
その余力を、お客さんを獲得する努力に回したほうが、よっぽど現実的だなと。

会社の採用担当に気に入られるより、
お客様に気に入られたほうが、実利もあるし
将来的に自分に返ってくるものの大きさは、前者の比ではない。

と思って、フリーランス業に専念することにしました♡

人に会いました

徹底的にノイズを遮断すべく、人に会わない主義の私ですが
この半年は、いろんな人に会いました。

あ、いや。盛りました。

正しくは、自分の心の中に強く焼き付いた人が
2人いました。


わたしは、

自分の言動で他人を変えることはできない、

人が本当に変わるときって、誰かに強制されたときではなく
自発的に「変わりたい!」と強く思ったときだけ。

と常々思っているのですが


相反して、
「変わりたい」「そろそろ変わり時かな」と思うきっかけって
他人の存在が大きかったりもする。

ボランティア

人との境界線をうまく引けない私の悪い癖で、
憧れの人ができるとつい、その人みたいになろう!としてしまうのだけど

悩みに悩んで、その人のようにはなれず地の底まで落ち込んだ末、
人を追従するのは本意でない、というところに戻ってこれました。

人からの目を気にすることができたのは
見栄っ張りな自分にとって「結果出さなきゃ!」というモチベーションになって
良い影響だったかな。


この時期に出会った前述のお二方の存在は
今後も大切にしていきたいなと思っています。



ベーシックインカム

最近になってようやく、
「WEBデザイナー」を自称できるようになってきました。

それは、なにより私を頼って下さるお客様が来て下さったから。

自分に自信がついた、というよりは
自分の提供した成果物で喜んでくださるお客様の表情を見て
「お客様にWEBデザイナーにしてもらっている」という感覚。

グラフィック

そのセルフイメージがひとたびつくと
会社からもらうお給料で生活をまかなおう、
生活をまかなえるくらいは最低限働かなきゃ!
という概念が外れました。


生活をまかなうだけの収入分、(雇用されて)働くとなると
どうしても、1日の大半働くという選択肢にならざるを得ませんからね。

それだと、物理的にも気持ち的にも
なかなか自分の事業は発展しない。

いや、正確に言うと
「本業の個人事業で稼いで、アルバイトのお給料をベーシックインカムにする」
というのが元々理想で、
この3年間ずっとその理想の生活を先取りしていたのだけど

実際やってみるとね、

生活費が足りなくなって
→その都度フルタイムの仕事や短期バイトをしたり、Wワークをする
→疲れ果てて事業どころじゃない、という悪循環で、
失敗、挫折の連続だったのです。苦笑



もう、事業やるなんて無理なんじゃないか。って何度も思ったし
その度に実際にフルタイムの仕事や医療職のパートに出たりもしました。


その間にも、成功して名を轟かす人はどんどん出てくる。

それに対して自分はというと、パートのおばさまたちから
「独身なら正社員になればいいのに。どうしてならないの?!」と言われながら
生活費がないからと嫌いな雇われ仕事を転々としている。

悔しくて仕方ありませんでした。

だから、この半年ちょっとの間で、
お仕事を受注できるようになったのは、大きな変革。

そういう意味では、働きながらスキルアップさせてもらった
WEB制作会社には、とても感謝しています。



仕事が途絶えた恐怖と運命の出会い

2月。

今までで一番大きな案件がローンチして
完成度にも自信があったので、
そこから新規のお仕事依頼や問い合わせがちらほら来ることを期待して、胸高々に拡散していました。



ところが、
1週間経っても、問い合わせは1件も入らない。


さすがに2週間経ち
制作案件からのトラフィックが落ち着いてきた頃

これはやばい。

と、青ざめました。

焦り

仕事が取れないのであれば、働くしかない。
(またこのサイクルか…)

そこからの、転職活動。
そして、覚悟が決まってきた頃、会社に退職を申し出ました。




ところが、不思議なこともあるのですね。

「今の会社を辞めてキャリアアップする」と決めて
涙目になりながら上司に退職の意思を告げ、
以前働いていたバーに頭を下げて復帰させてもらった数日後。

お仕事の依頼が入ったのです。



以前ご依頼を下さったクライアント様が
リピートでご依頼を下さったのです。

さらに、 ある程度手応えを感じていた第一志望の会社が不採用となり
転職活動をやめてフリーでいく!と決めた3月。

そのリピーター様が、
ホームページ制作業者を探している方を
ご紹介下さったのです。

ちなみに、
仕事を辞めるからお客様を紹介して下さい!などと頼んだわけではありません。

この一件が、私の今後を大きく救ってくれました。

ものすごく不思議なタイミングでびっくりだけど
覚悟を決めたタイミングでの、運命の出会い。

実は、先ほど書いた2人のうちの一人が
このリピーターになって下さったお客様です♡



今は、家賃の足しになるくらいの収入を
以前いたバーに復帰して働きながら
日中自由になった時間を制作に充てています。

とはいえ、この給与収入ではとても生活していけませんから
(前に働いていたときの、半分くらいしか出勤していない。)
必然的に、個人のお仕事の受注に力を入れることになる。

自分には、このくらいのプレッシャーがあったほうが
火がついていいかなぁと思っています(^^)/


新しいもの嫌いなわたしがAdobe XDを触ってみた感想。

わたしの在籍しているWEB制作会社でも
注目を浴びている(が、実務運用はまだされていない)

Adobe XD。

Photoshop好きで使用感も満足しているし、
真新しいツールたくさん増やさなくてもいいかなーと思って
傍観していたのですが

わが社のデザインチームを指揮しているトップデザイナーさんが
「これからはXDが主流になってくる!」と激しく称賛していて
(しかし、導入はしていない=今使えるようになったら先取りできる!)
単純に気になったのと

ちょうどよく
WEB制作のご依頼を受注してワイヤーフレームを作る必要があったので
ためしにインストールして使ってみました。


Adobe製品の固定概念を破るスペック

使ってみてまずびっくりしたのが

とにかく軽い!

Adobe製品って高機能な代わりに
重たいのはもう仕方ないものだと思っていたし

それでもグラボ搭載パソコンを買って
かなり動作が改善されたから満足していました。


早速XDを立ち上げると
なにやらPDFプレビューのようなシンプルな画面が出てきた。

XDのチュートリアル

インストールした直後だしAdobe製品だから
立ち上がるのに5分くらいかかるんだろうなー
そのためのプレビュー画面か説明の画面がでてきたのか、と思ったら

それが作業画面でした。

え、もう立ち上がったの?
はやっ。

しかもこれがワークスぺ―ス?
シンプルすぎない??


イラストレーターやフォトショップで
たくさんのツールがずらっと並んだパネルに見慣れていたので拍子抜けして

こんなシンプルなツールでデザインやワイヤー設計ができるのか
疑わしくしかありませんでした。笑



アイデアを直感的に落とし込めるUI

実際の作業画面は↓こちら。
すっきりしていますよね。

※適当に作ったサンプルサイトです


PDFの画面みたいじゃないですか?
はたまた、Powerpointにも似ている。

操作性も、Powerpointを思わせる直感性があって

丸や四角の描画、テキストの入力がワンクリックでできて
手数が少なくストレスフリー!

デザインを作りこむ用ではないので
色んな細かいオプションがない分
描画に要するクリックの数が少なくて済むので快適。

画像を挿入してクリッピングマスクすることもできますし
ワンクリックで色や不透明度も変えられます。


なんといっても、動作が軽くて
一つのオブジェクトを作るのに少ない手数で描画ができるのは

些細なアイデアの火が消えてしまう前に形に落とし込めるので
アイデアが命のクリエイターにとっては
言葉にしきれないほどの価値があります。



イラレとフォトショのいいとこ取り

そしてご覧の通り、
あらゆるデバイスサイズのアートボードが作れますし

現在存在するデバイスサイズが選択できるようになっているので
(iPhone、iPad、パソコン、Andoroid などなど)
レスポンシブのイメージ確認にもとても便利。

これはPhotoshopのアートボード機能にも似ているかもしれませんね。


加えて、イラレで頻出のパスファインダーもある。
いいとこどりです。

どちらかというと、オブジェクトを直接つかんで操作する点では
イラレに近いかもしれません。


よくありませんか?

フォトショで作業していて
あーーー、この図形だけ、ちょっとイラレで描画したい!!

イラレで作っていて
あーーー、この画像はフォトショで加工したい!!!

って、同時立ち上げして画面切り替えて
ファイル2つになって、コピペして…
っていう面倒くささ。

衝撃

そういう、ちょっとお隣のソフトを使いたい!
でも、同時立ち上げはめんどくさい!

というむずがゆさを解消してくれます!!


繰り返しのコンポーネントをラクラク作れる
リピートグリッド

加えて、噂のリピートグリッドを使ってみました!!

これ、めちゃめちゃ爽快です(笑)



にゅるるん、って
同じオブジェクトを繰り返してくれて

要素間のマージンも、なんと
ドラッグするだけで調整してくれます。

↑テキストも繰り返ししてくれるので
ナビゲーションをリピートして作ってみました。


不便を感じたこと

既存のショートカットやマウス操作が使えないことも

まず最初に困ったのが

ワークスペース(作業画面全体)を横スクロールできない!!
ということ。


拡大すると、
端の部分がスケールアウトしてしまいますよね。


そこで、横スクロールを使おうと思ったら
Ctrl+マウスホイール(横スクロール)が効かない。
というか、もっと拡大されるし。

XDのチュートリアル

えーーーなにこれ!!
同じ部分しか拡大できないの?!!

このままじゃ↑チュートリアル小さすぎて見れないし!


調べてもなかなかヒットしないし
もしかして、
マウスで横スクロールできるMacユーザーしか使えないソフトなの?!

と思ったところで、色々試してみたら
Shift+マウスホイールで横移動できました♪

Windowsユーザーの方はおためしあれ。

けど、当分、イラレとかフォトショのショートカットキーの
Ctrl押しちゃうだろうなぁ。



あとは、フォントサイズを変えるときに
(↑↓キーで変更ができるのですが)
マウスをぐるぐるして数値を変えることができないのも
もどかしかったくらいかな。


結論:今後も使う。むしろ超便利。

わたしは自分のサイトを作るくらいの
確認の要らないサクッとしたコーディングであれば
デザインカンプを作っていませんでした。

わざわざPhotoshopで作りこまなくても
最終的にはコードに落とし込むし、コード書きながら変えていけばいいや、くらいで

手書きでラフを書いて、なんとなくで画像サイズ決めて
コードを打ちながらレイアウトを修正していました。


けど、XDの操作性はディレクションツールとしての価値は大いにあるし
かなりの時短にもなるな、と感じました。

お客様側にとっても見やすいですしね。



チームで分業するにしても、一人で一貫して作業するにしても
XDは、別々の作業になっていた
設計→デザイン→コーディングの垣根をぐっと縮めてくれそうですね。

まだまだ知らない機能がたくさんあるので
もっとつかいこなしてみますー!

フリーランス1年目の収入のリアルと、お金と引き換えに得たかったもの。

書きたいことはたくさんあるけど
体力と時間が追い付かずにいました。

書きたいことって、書きたい!と思いついた瞬間が、旬ですね。
「あとで書こう」と思っても、どうしても記憶も熱意も薄れてしまう。


先日、確定申告を終えて
昨年の莫大な為替損失と事業赤字に涙目になりました。苦笑

さらに、ひっそり隠し玉として運用していた資金が、
トルコショックでロスカットされてしまったのよ…(´;ω;`)
鎧をはぎ取られた気持ち。

それでも表情一つ変えない税理士さんは、さすが色んな人を見てきたプロだ。
むしろ、「こんなに(為替損失)あるなら、今年使わないと勿体ないよ」と言われた。笑




安定を捨てた代償のリアル

年収450万円の、安定しているといわれる専門職を辞めて3年。

この3年間、年収(給与所得)は連続して130万円でした。
(画像上部「カ」)

2019年確定申告書

貧困ギリギリライン。

お勤めしていた当時、
マンションの(結局買ってないよ)頭金にしようとしていた貯蓄も、もうありません。

今気づいたけど、タイトルの「年収3分の1」以下じゃん。笑
改めてひどいなw



0円起業、初月月商〇十万…
耳障りの良い誘惑を鵜呑みにしていませんか?

今気づいたけど
事業の経費(↑画像中央①)が、
せっせと働いて得たアルバイト収入とちょうど同じくらいかかっています。


わたしは仕入れや実店舗を必要としない
比較的ローコストで始められるデザイン業をしていますが

それでも、質のいいお仕事
自分にも相手にも、不快不便なくサービスのやりとりをしたいと思ったら
さすがに0円起業とはいきませぬ。



毎月、振り込まれたお給料を一度も手に握ることなく
引き落とされて行く切なさったら。

「やばい。そろそろほんとに死ぬな」
「身の皮剥いでお金にでもなるなら、そうしたいくらい」
「生活のレベル落とさないと」と
卑屈になったことも、一度や二度ではありません。


日々検索するワードも
ローンや貧困、生活保護のことなど、ネガティブなものばかりになっていきます。

普通に働いて、家庭を持って
休日をのんびり楽しんでいる過去の友人には
みじめになるから絶対に会いたくなかった。

時々、SNSの申請が来ては削除しての繰り返し。



あなたが期待しているであろう
飲みに行くお金も、雑談に費やす時間も、どこにもないよ!!と
怒りすら湧いた。


「起業して初月でサラリーマンのお給料越え♪」
「月収●桁!!」
などという甘いキャッチコピーもよく目にしますが…

大多数の方の脱サラ起業のリアルは
こんなもんじゃないかと思うのです。



ということで
何の下準備も情報収集もなく、マインドだけで
安易に「起業したい!」という過去の私のような方がいたら

わたしは自分の経験も踏まえて
(口には出さないけど)
やめておいたほうがいいよーと思ってしまいます(*´з`)

以前の記事(→起業「したい」人は、起業「しない」。)にも書きましたが
そもそも、本当に覚悟と準備をもって起業に臨んでいる成功者予備軍の人であれば
人に「起業したい!」と自己アピールしている暇はないでしょうしね。



数字を突き付けられ、削がれる自尊心

脱サラした人がよく言う
「貯金がみるみるうちに減っていく恐怖」は
想定内だったのでそこまでうろたえることはなかったのですが

稼ぐことがひとつのアイデンティティになっている自分にとって

生きるためのコスト > 自分が生み出した収入 という事実は
まるで自分が世間のお荷物だということを突き付けられたようで
とてつもない無価値観、自己嫌悪に襲われました。

虚しさ

ところで、脱サラしてフリーターになって以来、
無職の期間もちょこちょこあるにしても
働いている時間自体は、正社員時代とさほど変わっていません。

むしろ、お金が必要になる度にWワークしたり、深夜勤務をして
体力的にはこちら(アルバイト)のほうが相当しんどい。

ボーナスの有無は結構大きいと知った。



地域によって物価や最低賃金に差はあれど

他人の話を総合しても、自分の体感的にも
アルバイトが時間と体力が許す限り働いて得られる給与所得って
年収150万円が限界だと感じました。

それ以上を目指すと
遅かれ早かれ、どこかで必ず体か心を壊します。



人と差をつけるために不可欠なコストとは

それでもなお、わたしが身を削ってこのフリーター生活を続けることには
理由があります。


ひとつは

企業に雇ってもらって働く、ということは
そもそも自分の将来に求める本質じゃないから。

会社のビル

会社員生活の長い、ある程度会社で結果を出せている優等生さんこそ
誤解してしまいがちなんだけど

会社での実務経験が糧になることを差し引いても
企業で働くことと、自分が自営業として成功することは
同じレール上には存在しない
わけで

会社で気に入られることと、
自分個人のお客様に好きになってもらうこと
わたしの目指す「自分ブランドの構築」は、全く別物です。




ブランドのある会社に所属していることが
ステータスとなったサラリーマンカーストとは一線を画して

人と違う魅力を持っていて初めて勝負できる
「個人の時代」が到来した今、

人と同じ行動パターンをしていては、
いつまでも差がつきません。

脱サラして起業するために
その他大勢から頭一つ抜けるために絶対に必要なものを聞かれたら

体力

だと、今なら迷わず答えます。


資金不足を補填するために働くにしても
限られた時間を削って勉強や情報収集、事業計画を練るにしても
結局、体力が必要ですからね。



わたしは体力があまりなくて
特に、睡眠時間を削るライフスタイルはしたくなかったし

事実、昼間働いて帰ってきたら
頭も体も疲れてパフォーマンスも最悪だったため

フルタイムで働きながら
片手間で起業をするのは無理だと諦め
時間の確保、体力の温存を最優先にしました。


自分はメンタルを病んで体力もろともダウンしていた時期もあり
体力や集中力の限界を幾度となく感じ、悔しい思いをしました。




世間には、お仕事から帰ってきてから頭を切り替えて
夜中に寝る間を惜しんで自分のビジネスや勉強をしているスーパーマンは
少なからずいるけど、自分は無理でした。

特に、女性の場合は
睡眠不足はホルモンバランスを大きく狂わせるので
寝る間を惜しむのは超絶おすすめしません。

わたしは女性としての自分を大切にしたかったので
睡眠時間の確保は絶対に譲れませんでした。

ボランティア

ですから、融通のきく働き方と引き換えに
収入を犠牲にしたわけです。



リスク覚悟で自分の時間を死守して、得たものとは

なんだか言い訳くさい文章になってきてしまったので

わたしがフリーター生活をして以来
「解放されたもの」「捨てたもの」をシェアしますね。

  • 何をするわけじゃないけどそこにいなければいけない拘束時間
  • 家の中で翌日の仕事のことを考える時間とストレス
  • 職場の人と当り障りのない雑談をしなければいけない昼休み
  • 自分が参加している必要性があまりない会議
  • 「スキルアップのため」に行かざるを得ない、新しい学びのない休日の勉強会とその会費
  • 別に好きじゃないけど関わらなきゃいけない人との関係、そこで晒されるストレスや話を合わせる気疲れ
  • 上司やお客様を立てるために、自分を曲げたり個性を殺したりすること
  • 出世や収入UPに結びつかない勉強や努力
  • 愛想笑い
  • (会社の飲み会や親睦会、出産祝いなどで使っていた)交際費

改めて書いてみると多さにビックリしたけど(笑)

そう、フルタイムで働いていると
無駄な時間がやたら多いな、と思っていたのです。

これらを捨てて得たものは

  • 1日2時間の時間(早めに出社していた時間+昼休み)
  • ストレスや自分の個性を隠す必要がなくなり、アイデアが湧くようになった
  • 本当の意味で何者にも思考を制限されない、自分だけの自由な時間ができた
  • 「こうあるべき」「みんな一緒で安心」という価値観に触れる機会がなくなり、人と違うことをすることにいちいち罪悪感や後ろめたさを感じず済むようになった


ざっくりいうと
自分に集中することができるようになった、という感じかもしれません。



一人になって、むしろ孤独じゃなくなった

よく、起業家は孤独とか、友達を失うとか言うし、

わたしも好き嫌いは置いておいて
過去の友人と連絡を取ることを一切やめました



だけど、それで孤独になったかというと
価値観の違う人と分かり合えない孤独感や疎外感がなくなって

むしろ、人の輪の中にいるよりも、孤独感は感じなくなりました。



人と集まってワイワイするのが好きな人にとっては
苦痛でしかないかもしれないけど

一人でなにかに熱中できる、内向的な人にとっては
思い切った人間関係の断捨離はプラスになるかもしれません。



時間を価値に昇華するために

ということで、長くなったけれど
わたしがフリーターになってまで得たかったものは

余分なものを排除して
本当の意味で自分に必要なものだけを残し
それを磨いていくことに専念する時間




それは、自分のデザインコンセプトとも同じ。

尊敬

エッセンシャル思考というものでしょうかね。

自分にとって大切なものって、わざわざ人に共有する必要はなくて
自分でしっかりと抱きしめていればそれで良い、とわたしは思っているけど


最近になって、
ようやく独自の事業の方向性と日差しが見えてきたので
自分を信じて辛い冬を耐え忍んでよかったなぁ、と思えるようになってきて

先が見えなくて悩んでいる誰かの励みになったらいいな、と
綴ってみました。


わたしがお友達値引きをしない理由。

わたしは、値切ってくるお客さんからはお仕事を受注しない、ということは
こちらの記事で、筆圧強めで書いたことがあるけれど

同様に、
知り合いだから、友達だからという理由で
お安く制作することは、一切しません。


わたしが冷たいからというのもあるけど、
デザイン業界、特にフリーランスデザイナーでは大常識です。

むしろ、これが徹底できていないと
職業デザイナーとして生き残れないと言っても過言ではありません。

ほんとに多いんですよねぇ。

・値切ってくる人、無料前提でお願いしてくる人
・「今度お願いしたい!」と社交辞令を言って、何度も見積もりを聞いてくる人
・見積もりを出した途端、ドン引きする人


知り合いなんだから3000円くらいでやってくれるだろう、
という期待が透けて見えるのです…


そもそも、自分が得したいがために
わたしから貴重な時間や労力を「タダで奪おう」とする人を
友達だとは思っていません。

もっと言うと、付き合うだけ損ですから
そういう人とわかれば、関わらないようにします。


知り合い値引きを求める本当の理由とは

そもそも、どうして
正規料金より大幅に安く頼まれてしまうのでしょうか。


理由はいくつかあると思いますが、
一言でいうと

形のないデザインに対して

もっと正確に言うと
「デザイン制作という作業」に対して、価値を感じてもらえていない

という一言に集約されるのではないかな。

「すぐ作れるでしょ」って思われてしまったりね。泣

しかし、いちいち仲がいいからという理由で
無料、もしくは安売りしていては、デザイン業は成り立ちません。


そもそも、それをして自分は幸せか

わたしは独立初期の何の実績もない頃から
友達だからという理由でおまけする、ということは
一切しないようにしていました。


もっと言うと、

前職の医療従事者時代に
職場や患者さんから「奉仕」を期待され
また、期待されるがままに尽くし切って疲弊していたこと
尽くしても自分に何も残らなかった経験から

業種を決める前から
「絶対に自分の仕事を安売りしない」
と、決めていました。

そして、一度安売りした相手はというと、感謝するどころか
そういう人ほど図々しい注文や修正依頼が頻繁にあったり

その価格が「適性」だと身に染みついて
正規料金を払ってくれることは二度とないどころか

正規料金を請求しようものなら
こちらが悪者扱いぼったくり扱いされてしまいかねない。



どこで学んだのかもう忘れたけど

読んでいた本の影響からか
前職での経験からか
(具体的に誰かはここでは述べませんが、「自分で働いて稼いだお金」を払っていない患者さんほど、横柄な人が多かったのです。これ、就職して一番びっくりした。)

雇われ仕事をしていた時からなぜか
そういうものだと自然と思っていたのです。



絵に描いたような失敗談

とはいえ、「まぁいっか」と思って、友人に頼まれるがまま
無料または安くデザインを提供したことが、数回あります。

顔の広い友人が自分のデザインを使ってくれたら
自分の宣伝にもなりますしね。



しかし、
その結果はやはり残念ながら、思っていた通り
あまり良い取引はできませんでした。



そして、言いにくいんだけど
友人相手って、事務的なやりとりがほんっとに成立しない。

このことは予想外で驚きました。


相手が友人だと、話しやすい、気軽に相談しやすい…と思いますよね。

そう思いきや
デザイン作成に必要な質問や情報提供には一向に答えてくれないのに
仕事と関係ない、雑談めいたメールばっかり送られてきたり…


非常に効率が悪く、いつまでたっても仕事にならないうえ
膨大に時間を奪われ、ストレスが溜まる。

しかも、対価は定価より安い、もしくは無料で作っているのに…

それは有料で請けたとしても、
お友達値引きをしている以上、あまり変わりませんでした。

こちらの優先順位としては、
見ず知らずの私を見つけて、お金と勇気を出して頼って来て下さったクライアントさんが最優先です。

だらだらと取引なのかおしゃべりなのかわからないやりとりを続けるのは
クライアントさんにも失礼。


残念ながら、友人としての関係ごと切らざるを得なかった人も何人もいます。
(一度請けたことがある以上、またダラダラ頼んでくるだろうしね。)

繰り返しになるけど 、そもそも
自分が得したいがために、わたしから「奪って得しよう」とする人を
友達だとは思っていませんからね。


見積書が踏み絵になる

とはいっても、
「デザイナーなんでしょ、今度作って~」なんてことは
やっぱりしょっちゅう言われます。

そんな時どうするかというと、見積書を出します。

わたしが提供しているデザイン料の平均価格は、数万円。

軽い気持ちで依頼するには、はっきり言って高いです。
安いものでも、1万円を下回るサービスはひとつもご用意していません。



そもそも、
デザインを作るということは華やかでラクなように見えて

打ち合わせをして
掲載する情報をすべていただいて
望むコンバージョン(目的)やターゲット層を明確にして
WEBであれば掲載するページのURL、
印刷物であれば印刷するサイズや紙の種類、
当然、印刷コストや納期もかかりますし
何度も提案と修正を繰り返します。

つまり、
たとえ「お任せ」であっても、それなりの工数や手間がかかる。
(から、それなりのお値段になる)


以上のことを知らないで
気軽に依頼してくる人がほとんどなので

99%は、見積りにギョッとして退散してくれます。

まぁ、そんなことは知らなくても当然ですから
そのことをうまく伝えられない自分にも、落ち度はあるのかなと思っています。



価値を感じて、お金を払ってもらうという重要性

そんな「失敗談」があったからこそ
友達だろうと身内だろうと、定価を提示してお仕事を請けるようになり

最初から値引きを要求してきたり、極端に予算が少ない知人の依頼は
謝罪を添えて丁重にお断りすることにしました。

そもそも、友人とのなぁなぁ取引はしたくないので
デザイナーをしているとはあまり言いません。


このことを徹底してどうなったかというと
結果、かなり快適にお仕事ができるようになり

しつこく見積を聞いてくる人や、値引きを要求する人は
自然と離れて行ってくれるようになりました。



不思議なことに、最初から定価を払ってご依頼下さった友人というのは
やりとりも入金もきっちりして下さって、非常にスムーズに取引ができる。
マナーが全然違う。

わたしのことを選んで来て下さるお客様に集中することができ
誠実なお客様にも恵まれて

とても気持ちよくお仕事をさせていただいています♡

尊敬

要するに、初対面のお客様であれ、知人であれ
商売をするときの根本は同じで

「価値を感じてもらったうえで、然るべき対価を払ってお仕事を依頼する」
というけじめは、絶対に欠かせないということ。

わたしも身近な方のサービスを受けるときは
このことに銘じて、礼儀のあるお客さんになりたいと思うのでした(*´з`)


変化の時こそ、粛々と、ていねいに。

わたしは霊感もないしスピリチュアルも興味がないのだけど
感性や直感は人一倍冴えているほうで


「特に根拠はないけどやってみたい!!」と強烈に思うものと
逆に、良いお話だけどなんか気乗りしないなぁ、やめておこう。というものが
なぜかよく真っ二つに分かれるのです。



その中でも、最近は公私共に
転機というか、大きな変化の予感というか
めちゃくちゃいい流れが来ているなと、確信が持てる。

前述したように、明確な根拠は何一つなくて
ただの肌感覚なのだけどね。

扉

それを感じると、もちろん嬉しいのだけど



それ以上に

めちゃくちゃ動揺します。


今まで、しけた毎日だったのに
え、いいの?!ってね。笑




変化の佳境で、陥りがちな失敗

でね、
動揺したらどうなるかというと


つい、背伸びするあまり
自分じゃない何者かになろうとしてしまう。

勤務労働

それでどうなるかというと、

本来の自分らしいパフォーマンスが出なかったり、
本来の素の自分を好きだと思ってくれていた人が
不自然な自分に違和感を感じて離れて行ってしまったり…


うまくいきそうだったことが空回りで終わってしまったり、
何事もなかったかのように、良いお知らせがいきなり帳消しになったり


そんな残念な結果になりかねないのです…



自分だから掴めたチャンスを次に繋げるために。


頑張るのは良いこと。

とはいっても、普段ないものをいきなり出そうとすると
せっかく「自分」だからこそ成し遂げられそうだったもの
逃げて行ってしまうことにもなりかねない。


そしてそれって、何より
自分自身を信じられていないということでもありますよね。

「このままの自分じゃだめだから、
自分じゃない何者かに頑張ってなろう」という、
強烈な自己否定。

だからこそ
良い波が来ている時こそ

あえて努力をするのであれば
「普段通りの自分を保つ努力」をするのが最善ではないかと
わたしは思っている。



「いつも通り」が最高のパフォーマンス



わたしは趣味でピアノを弾くのだけど

スポーツや芸術だって、
本番でいきなり練習以上のパフォーマンスを期待して張り切ったところで
かえっていつもと違うミスをやらかしかねない。

いつもやってきた練習のクオリティを、粛々とアウトプットするのみ。



ベースの考えは同じなのかなーって思うのです。

普段の自分を、いかに崩さないか。

背伸びせず、ないものを出そうとせず
そのままの自分で勝負する姿勢。

そう思いながら

いい流れを壊さないように慎重に、粛々と、姿勢を正して
来たる未来の変化に臨みます♡

「今ここ」を味わう勇気と贅沢。

前回の記事でお書きしたように
ノープランツアーに来ています(*´з`)

勘を頼りに、徒歩圏内をうろうろ散歩して
偶然見つけたものや、その町独特の空気感に、思いを馳せる。

道に迷ったらGoogleマップがあるしね。
↑欲張り心ゆえ、どんどん寄り道したくなって、しょっちゅう迷う。笑



人気の観光スポットや絶対押さえておきたい有名店に行くような
「ノルマを消化していく」旅は、好きじゃなくて

ひたすら、感性のままに足を運ぶ。

あるいは、そんなに外へ出ずに
ホテルでごろごろするだけの旅もあったり♡




そこで出会った偶然に、感動が生まれる。

そんな旅が、わたしは好き。



因果関係を考えると、苦しくなるだけ

予約したホテルには今どき珍しくサウナ付きの大浴場があって、
のんびりとお湯につかっていた時


はぁ~幸せだなー、という感覚と同時に


ここでのんびりしていて良いのかな、という
後ろめたさが頭をかすめた。

目的のない旅なんかしていて大丈夫か自分、
幸せなんか味わってる場合じゃないんじゃない?という不安。


与えてもらったものは、味わい尽くす。

だけど、
そんな脳内を蝕む不安は、一蹴してやりました。


今のわたしは、確かにここに居て
なんだかんだで、のんびりくつろぐことが許される今この状況があるわけで


飛行機もホテルも温泉も、自分のために用意されていて
現地で会ってくれる人がいて
(自分が代金を払ったり、行動したからとはいえ)


それってすごいことだと感じて
ただただひたすら感謝して
その幸せに浸るくらい、良いじゃん!!って。

上品

だって、いやだよね。

せっかく与えられたものがあったとして

「わたしなんか○○ができていないから…」
「他にやらなきゃいけないことがあるから…」
「今日遊んだ分、どうやって取り戻そう」
とか、ブツブツ不安を言いながら過ごすの。


それなら、いっそ何もしないで家にいたほうがいい。


過去も未来も切り離された、「今ここ」

「今ここ」が快か不快かに
いちいち、過去や未来との因果関係をつけなくたって良い。

楽しければ楽しめばいいし
快楽を味わって、次のなにかに昇華すればいい。

そこを切り離した途端に、すごく気持ちが軽くなった。

ではでは、旅路を楽しんできます♡

いつもと同じから抜け出すためには、いつもと違う選択を。

離陸

お正月ムードも終わった1月末。

久しぶりに冒険をしてみることにしました。

離陸

行ってみたいところがあったのだけど

さほど遠くでもないにもかかわらず
それまでは、行けない言い訳を並べていたのです。

お金がないとか、時間がないとか、
取り立てて行く用事がないとかねぇ…



きっかけは、いつものバーゲン

わたしはよくネットショップで服を買うのだけど

お店でもバーゲンを開催しているこの時期
ネットショップでもバーゲンが開催されていたのね。


お気に入りのスカートの種類違いが発売されていたから
欲しい!!と思ってカゴにまで入れて、気が付いた。

スカート買うお金あるなら、行けるんじゃないか。

そう思ったら、調べずにはいられなくなり

ためしにLCCが就航しているか見ると…

めちゃくちゃ安く行ける!
しかも、席もまだ空いている!


どんな未来を望むかで、最適解は変わる

とは言っても、即決できたわけではなくて
数日間ものすごーーーく悩みました。


かごに入れたスカートは
一度買って気に入っていた商品の関連商品だから

買って失敗することもないし
ポチっとすれば家まで届けてくれる。

しかも、ずっと使えるしね。




弾丸旅行は、ほんとうに行き当たりばったりで
最悪、「ただのお金のかさむ移動」になってしまうかもしれない。

だけど、
今とは違う未来が拓けるかもしれない。

もっと言うと

新しいスカートを買っても、
いつもの行動範囲でしか履かないのであれば

それって、なんのために買うんだろう?って思ったのね。


日頃のお勤め生活では、
悪目立ちしないように「扮して」仕事をしているわたしにとって
お気に入りの服を買う目的って

日常生活で恥ずかしくない服装を、という目的ではなくて
やっぱり、日常の一歩外に出て
一段上の自分になって、幸せになりたいからだと思う。




であれば、
後者のほうが、よっぽど目的に近くて
幸せの近道だよなぁって。

幸せ

むしろ、前者は
「好きなものを買ったはいいけど、日常はやっぱり変わらなかった…」って
落ち込む材料にすらなる気がした。


絶対になにか収穫が得られる、とも限らない。
むしろ、まぶしい世界を目の当たりにして
自分を見失って落ち込むかもしれない。


だけど、日常と違うことをしなければ
いつまでも今の日常は、良くも悪くも何一つ変わらない。

それだけは確かな事実。



停滞を恐れて、変わり続ける運命


元々わたしは、停滞が怖い性格。

過去、安定していた仕事すら
何の変化も成長もないことが恐怖で、辞めた。



きっと日々変化を求めて、変わり続けるのが
わたしの宿命的なものなんだろうなぁ。

と、良くも悪くも開き直り
前へ進む足を止めることなく、進んでいきます。

スタートは、自分に合ったフィールド選び。

挫折

ここ半年くらいで
一気に行動範囲と付き合う人脈が変わって

改めて感じたことがあったので、書きますね。




場所を変えてもみじめさを感じていた過去と、その理由

色々な起業家さんを見て
実際に対話してきて感じたのは

(こんなすごい人たちと比べて、行動できていない)自分は、
起業家向きではないんじゃないか。

という、強烈な劣等感でした。

挫折

楽しそうにどんどん活動範囲を広げていく起業家さんたち。
家で細々とコードを打ち、エラーに四苦八苦する自分。

起業家の友人ばかりになった
SNSのタイムラインを見るたびに

イベントの告知、事業の報告、
不動産を買った報告、
家族とのプライベート投稿。

それと比べては、みじめになる自分。


実際に
起業して1年を迎えた節目
事業年度が替わる節目である今のタイミングに
個人事業をたたんでしまおうか、

自分の小ささと無力さを認めて
今いる薄給の小さな会社で、贅沢しないでひっそりと働こうか。

と、とても悩みました。

だけど、思えばこれって

普通に働いていた時も、感じた思いだな。
ということに気づいたのです。


毎日同じ単純作業の繰り返しで
昇進は10年先の年功序列。

熱心に仕事をしても
患者さんには名前すら憶えてもらえない虚しさ。

休日が来ても、疲労回復と
家の掃除、洗濯と食料の買い出し、料理の作りだめをするだけの
何の楽しみもない、どこに向かっているかわからない毎日。

そんな中
友人のSNSで、子育てや結婚式の写真を見ては
誰にも選ばれなかった自分は、女性としても価値がないんだ。
と、自分に刷り込む毎日。


そんな毎日を断ち切りたくて、半ば現実から逃げるような形で
自分で0から新しい業界に飛び込んで、色々な仕事をしてみたけれど

やっぱり、結果を出している人と比べては
劣等感を感じている自分がいる。

虚しさ

結局、どこで生きても
落ち込むときは落ち込む
らしい。



他人になろうとしていないか

そういうときって、決まって
「自分じゃない何物かになろうとしているとき」だと、
顧問のコンサルタントの方が優しく教えてくれた。

「それが自分と似ている人で、尊敬している人であれば良いのだけど

自分と違う他人のお庭に入って、うらやましがるのは
本来の自分の良いところを使えていない、ということ
だよ。」と。

侵入

(わたしのコンサルさんは、コーチングのプロでもあるので、
この方にお願いしてよかったー!ってこのとき改めて思いました^^)



そもそも、わたしはその「すごい人たち」のような活動をしたいかというと
そうではなく、むしろやりたくなかったり、あまり興味がない。

自分がやりたくないことで成功して、拡大している人と比べて
そうなれない自分を責めるのは、ナンセンスですよね。

もし仮に自分がそこそこそのフィールドで成功できたとして
「本当に好きなことではないんだけどなぁ…」と悩むのは目に見えているし。


なんて意味のないことをしていたんだろう~と、気が付きました^^;


同時に、そういう時って
自分が起業しようと思った初心や、
自分にはこれができる!という強力な武器を忘れてしまっているということ。

というか、事業を継続していくにあたって、自分の強みが
当たり前になりすぎて見えなくなってしまっているのかもしれませんね。


人と比べて落ち込んでしまう時ほど、フィールドの見直しを

「どんな環境でも、活かし方次第で活躍できる」は、嘘だと思っている。


フィールドを間違えると、育つものも育ちません。

魚を土に埋めたら死んでしまうし
海中に木を植えても育たない。



自分を責めてしまうとき
人と比べて落ち込んでしまうときこそ、
一旦思考から他人をシャットアウトして、自分と徹底的に向き合って

「自分には何ができるのか」
「自分が一番力を発揮できる環境は、どんな場所か」

そのことを思い出してあげるとよいかもしれませんね ★

リズムを作るか、作られるか。

10日間のお休みを経て思ったこと。

それは、
リズムって大事だな、ということでした。

強いられることで、整うもの。

数日前から、
「強制」というワードが
頭の中で引っかかっています。

というのも、今まではは「強制」って
ひたすらネガティブなものでしかないと思っていたのだけど

案外、人をプラスに働かせる作用があるのではないか
と思ったから。

そう認識を改めたのはとても単純な理由で

自分がこの10日間
計画していたパフォーマンスをあげられなかったから。


白紙の10日間のパフォーマンス

わたしは、人の目線があると
勉強や作業などに集中できないタチで

カフェで仕事、とか、友達と勉強、とか
絶対に無理なので


このお休みは、
連続して一人きりになれる絶好の集中期間だ!!
と意気込んでいたのですが


思いのほか、
まったく作業が捗らなかった。

のんびり

でね、年が明けて会社に出社してみて
思ったのです。

どうやら私の場合は
「誰かに見られている」という適度な緊張感、
「明日も行かなきゃ」という、適度な義務感が必要なんだな、と。



拘束は、必要悪?

拘束されるって、悪いことだとばっかり思っていたけれど
案外そうでもないみたい、ということに最近気が付いて

会社のありがたみを感じています。


薄給だとしても、理不尽なことがあったとしても
自分のリズムと緊張感を「強制的」に上げてくれているのなら

それは目に見えなくても、お金に換算できなくても
大きなベネフィットですよね。

わたしは事業の時間を少しでも確保するために
自宅から徒歩で通勤できる会社を選んでいて、

お昼休みに帰宅して、クライアントさんにメールを返したり、
洗い物などちょっとした家事を片付けているのだけど
その、たかが40分がすっごく貴重で。


午前中お仕事で頭を使っているから、パフォーマンスが上がっているし
タイムリミットがある分、かなりスピード感を持って動けていて

実際、1日中家にいるよりも、メリハリのある生活ができている。

土日のほうが時間あるはずなのに
放置した洗い物が山積みに…あ、なんでもない。



プレニート期間の教訓


10日間って、3分の1ヶ月

この、プレニート期間のような
おためし期間のようなまとまったお休みがあって
よかったなぁと心底感じました。